この変異の影響を受ける遺伝子には、すべての血液細胞に存在する、あるタンパク質を生成する命令が記されている。このタンパク質(WASタンパク質)は、細胞内の足場構造(細胞骨格)を再構築するのを助けており、それによって個々の細胞は移動し、形を変え、他の細胞を捉えることができる。このタンパク質がないと、免疫細胞は本来破壊すべき病原体に付着できなくなってしまうほか、血小板にも影響が出る。
その結果、患者には、冒頭で挙げた3つの症状が発現する。出血しやすい体質、難治性の湿疹、そして繰り返す感染症だ。また、この症候群の患者は、自己免疫疾患を併発することが多く、リンパ腫にかかるリスクも高くなる。
現時点で確立されている治療法は、健康なドナーからの造血幹細胞移植だ。これはつまり、患者の造血系をそっくり入れ替える治療法と言える。
この幹細胞移植では現在、3~5年の生存率が約90%に達している。しかし、条件に合致するドナーを見つけられない患者家族も多い。また、移植には拒絶反応や、移植片対宿主病(graft versus host disease:GVHD、ドナー由来のリンパ球が、患者の臓器を異物と認識して攻撃する症状)のリスクもある。
また、5歳以上でこの治療を受けた子どもや、マッチ度が低いドナーから提供を受けた場合には、治療成績が低下することもわかっている。そんななかで、今回発表されたような遺伝子治療は、もう一つの道を提供するものだ。こちらでは、ドナーではなく、患者自身の細胞が用いられる。
患者自身の遺伝子を修正し、治療に使用
時間の経過とともに、この遺伝子治療の成果が裏付けられてきている。全体の生存率は、1年および5年の時点で96%だ。重症感染症の罹患率は、5年間のうちに、年を追うごとに低下している。中程度、あるいは重度の出血性イベントの発生頻度も、治療前は1年に2回だったのが、治療開始から1年の時点で、すでに1年に1回未満にまで下がっている。
血小板の数は、1年以内に約3倍に増加し、治療からおおよそ47日後には、それまで続けていた定期的な血小板の輸液をやめることができた。
治療の効果は、日常生活にも及んだ。治療前に湿疹が出ていた患者23人のうち、治療後の1年間で中度、あるいは重度の湿疹が発生した者は1人もいなかった。さらに6年後になると、湿疹を発症する者は1人もいなくなったという。
生存した患者の全員が、定期的な抗体の点滴が必要なくなり、大半が小児用ワクチンに対して正常な防御反応を示した。さらに治療から3年後には、全員が病院の隔離環境を離れていた。そのうち80%以上は学校や幼稚園に通い、約半分はスポーツをしているという。さらに、治療前は1年に3回近く入院する必要があったが、治療から5年が経つと、10年に1回以下の間隔で済むようになった。


