「好きで続けられること」こそが、最大の武器になる
ここまで情報化、自動化、分業化が進んだ社会において、私たちは最早あらゆる要素において満遍なく優秀であろうとする必要はないのではないか、と私は考えています。
調理技術、経営の知識、接客スキル、マーケティングのセンス、食材の目利き、空間デザインの感覚。飲食業に求められる要素を挙げればきりがありませんが、そのすべてを一人で高いレベルに引き上げようとするのは、今の時代においてはむしろ非効率です。かつては、何でも一通りこなせるオールラウンダーであることが一人前の証とされてきました。しかし、これほどまでに専門性が細分化され、足りない部分を外部のサービスや助っ人で補える時代において、平均点をまんべんなく取りに行く戦略は、もはや埋没への近道でしかありません。
それよりも大切なのは、二つの軸を持つことだと私は考えます。ひとつは、誰に指図されるでもなく、気づけば何時間でも没頭してしまう「好き」を持っていることです。他人から見れば苦行にしか見えないようなことでも、本人にとっては少しも苦にならず、延々と続けていられる。そうした熱量には、どんな才能も敵いません。
もうひとつは、たとえ対象範囲は狭くとも、「これだけは誰にも負けない」と胸を張れる、際立った得意分野を持つことです。それは必ずしも調理の腕前である必要はありません。身体が人並み外れて頑丈で、早朝から深夜まで誰よりも長く店に立ち続けられる体力そのものが立派な武器になることもあります。一度来店した客の顔や交わした会話の中身を何年経っても鮮明に覚えていて、再訪の際にさりげなくそれを織り交ぜられる記憶力も十分な才能です。どれだけ飲んでも決して乱れることのない底なしの酒量で、酔客の懐に誰よりも深く入り込める人間もいるでしょう。あるいはどんな客の長話にも嫌な顔ひとつせず何時間でも相槌を打ち続けられる忍耐力と聞き上手な性分も、立派な武器になり得ます。
スコープは狭くて構いません。狭いからこそ、そこに突き抜けた深さが生まれるのです。広く浅くではなく、狭く深く。その「好き」と「突き抜けた一点」を掛け合わせたものこそが、飲食業に携わる人間にとって、何より強力な武器になり得ると私は考えます。
そして、その武器を正しく活かせる市場を探すことです。かつてのように、万人受けする画一的な正解が存在した時代とは異なり、現代は価値観が極限まで細分化され、多様な好みが互いに干渉することなく、あるいは認め合いながら共存できる社会になりました。だからこそ自分の武器を本当に必要としてくれる客層は、どこかに必ず存在するはずです。ビジネスとしての挑戦において、あるターゲットや市場で需要が合致しなかったとしても、そのミスマッチだけに囚われ続ける必要はありません。自らの強みが活きる次の土俵を、柔軟に見つけに行けばいいのです。


