ただ、その姿勢は今の仕事にもすごく生きています。私がいるAIの業界は変化が激しい。自分が何を知らないかを知り、「無知の無知」を「無知の知」に変えていく。その良い練習になりました。
ハードスキルでいえば、財務モデルの組み立て方や分析の観点、ニュースのひろい方など。商品の売り場など現地に足を運んで、取材のようなこともしました。一次情報と二次情報を組み合わせ、複雑な状況から仮説を立てる。その思考プロセスに参画できたのは、本当にいい経験でした。
──大会を経て、金融業界に進むことは考えなかったのですか。
多少は考えました。外資系銀行のエンジニア職を受けたりもしました。でも、自分は少し違うかなと。エンジニアとしてビッグテックなどを受けていたのですが、留学で大学院の修了が半年遅れたおかげで、帰国するとSakana AIが設立されていて、インターンに応募することができた。インターンとして働いてみたら楽しくて、そのまま就職しました。
AIを専門にしていたわけではないので、「自分には無理だ」と思っていたら応募していなかったはずです。でも、「入ってから勉強すればいい」と思えるマインドが大学時代に磨かれていました。柳さんたちのエネルギーを目の当たりにして、「自分も頑張らなきゃ」と思えたことが、Sakana AIへの意思決定を後押ししたのかもしれません。
──現在の仕事について教えてください。企業分析の経験は生きていますか。
リサーチエンジニアとして、主に2つの業務を担っています。ひとつは、大規模言語モデル(LLM)の開発に使う、大量のGPUを積んだサーバー群「クラスター」の構築と管理、運用です。例えば会議室にパソコンを100台並べて1つのプログラムを同期させて動かすと、1台が壊れただけで残りの99台が無駄になりかねません。GPUは負荷の大きい計算をするので、熱で壊れることもある。そうした問題を監視して解決し、エラーが起きにくい環境を整えます。もうひとつは、モデルの学習や評価、高速化のためのチューニングといった実験です。
スタンスを取って探索し、間違っていたらスタンスを取り直す。そうすることで、結果的に多面的な分析になる。これは日々の実験や、バグの原因を探るトラブルシューティングにも生きています。Gyoseki大会を通じて言語化された思考の枠組みが、意識的にも無意識にも身についていると感じます。
AI時代の価値は「スタンス」に宿る
──AIが分析やモデル構築を担うようになる中、人間ならではの価値はどこにあると思いますか。
価値観を強く持ち、スタンスを取ることだと思っています。AI時代は、それしかないのではないかという気さえしています。なぜなら仮説はスタンスの中から現れるものだと思うからです。スタンスとは自分が何を良いと思うかという審美眼だと考えます。LLMが発達すると、情報へのアクセスと合理的な思考はある程度均質化していきますが、それでも人によって意思決定が違うのは、スタンスの取り方が違うからです。
マルクス・アウレリウスの『自省録』に、「投げられた石にとって、落ちることが悪いことでもなければ、昇ることが善いことでもない」という趣旨の一節があります。何を善とし、何を悪とするかに決まった答えはない。AIは合理的な推論や情報からそれらしいことは言えても、判断まではしてくれません。


