同じ威信競争でも、アブダビは少し違います。高さや規模ではなく、「知性と品格」を売っているのです。ルーヴル・アブダビ、建設中のグッゲンハイム・アブダビ、フェラーリ・ワールド、F1、そして中東最大の武器展示会IDEXまで——文化、エンタメ、防衛と幅広い領域に展開しています。ドバイと同じ、またはひと味違うところで勝ちに行く。それが最近のアブダビ流です。
観光収入ももちろんありますが、近年は名誉と名声に重きを置いています。ルーヴル、グッゲンハイムを呼べるだけの余裕があり、文化を広める、理解する力がある。それを世界に見せたい。高層ビルも美術館も、自国の成し得た「勲章」になります。この「勲章のアピール」という文脈は、中東を読み解くカギのひとつかもしれません。
逆襲のサウジ、巨額マネーの行方
そのゲーム業界に、眠れる大国が本気で参入してきました。サウジアラビアです。宗教的な厳しさもあって長くエンタメ分野で停滞していましたが、若いムハンマド・ビン・サルマン皇太子が2017年ごろに実権を握ってから、一気に改革路線へ舵を切りました。
大型のアニメイベントを皮切りに、映画館を一気に増やし、ボクシング、ゴルフ、テニス、eスポーツの大型大会を次々と誘致。さらに巨大なエンタメ都市の開発にも乗り出しました。「サウジこそがエンタメの中心だ」という宣言でした。
その大きな原動力の一つが、運用資産およそ9000億ドル——150兆円規模ともされる政府系ファンド、PIF(パブリック・インベストメント・ファンド)です。オイルマネーを国家として運用し、国や国営企業に還元する。PIFはもはや、中小の国家予算を超える規模です。
日本のアニメ、ゲーム会社の株を買い、ロナウド、ネイマールを呼び、国内リーグを強化する。全部この一つの財布から出ており、買ったものを横串で通していきます。
ただ、ここで「後発のサウジが主役になった」と考えるのは早い。今年に入ってこの巨大マネーに調整が入りました。湯水のように使ってきた金に対して、リターンが見合っているのか。彼ら自身がそれに気づき、見直しが一気に入りました。
砂漠を貫く超巨大未来都市は一旦見直しされ、国家改造に携わっていた欧米コンサルも大量に切られたと報じられました。一部ギガプロジェクトでトップがサウジ人へ交代しています。外資系コンサルが関わった後には「実務に結びつかない資料だけが残った」と関係者自身が振り返る場面もあり、国家改造の舵取りを自国人の手に戻そうとする動きを強く感じます。
もう一つ、サウジには固有のジレンマがあります。人口は約3600万人。OPECの生産枠で得られる富は決まっているのに、分配する国民の数がUAEやカタールとは桁違いに多い。同じ10,000円の小遣いを10人で分けるのか、300人で分けるのか——そのもどかしい違いがあります。
金があり、人口があり、原油の確認埋蔵量は世界有数。追い越す条件は揃っている。でも、近年の周辺を取り巻く環境と、若手が多くいる国内人材活用についてはこれから試されていると言えます。
主役はドバイからアブダビ、サウジへ徐々に移りつつある。これは間違いありません。ただ、その座が盤石かというと話は別。中東バブルの熱に浮かされる前に、まずこの地図を正確に読むことが大切かもしれません。
そして見逃せない動きとして、この巨大マネーは、湾岸アラブの外にも流れ始めています。今年の春から夏にかけて、サウジやUAEとパキスタンの間で何十億ドル規模の資金のやり取りが急増しました。背景には、パキスタンがイスラム圏で唯一の核保有国だということ。「有事の際は守ってもらう」という安全保障が、経済の流れに姿を変えて動いているわけです。トルコ・パキスタン・サウジの「メッカ協定」の報道も含め、若干タナボタのような形でパキスタンの存在感が急浮上している——この軍事に関する動きも中東マネーの流れの新しい地図です。
そのうえで、この巨大マネーが何に流れ込んでいるのか——アニメ、ゲーム、eスポーツという「文化」の現場を、一緒に見ることができればと思います。彼らが描く国家改造という巨大な戦略において、日本のエンタメ・コンテンツがなぜ不可欠なのか。次回は、その最前線を解き明かします。
鷹鳥屋明(たかとりや・あきら)◎中東と日本のビジネス・カルチャーの橋渡しに10年以上携わる。サウジアラビア、UAEをはじめ中東各国の政府・企業・文化コミュニティに幅広いネットワークをもつ。


