「課題先進国」日本こそ、智慧の実験場である
日本には実験のネタが溢れています。象徴的なのがクマの獣害です。2025年度は死者が統計開始以来最多となり、政府は関係閣僚会議で対策パッケージをまとめ、秋田県には自衛隊まで派遣された。AIとドローンで追い払うシステムは技術的に可能なのに、なぜ実装が進まないのでしょうか。投資してもリターンがないからと考えられてしまっているのかもしれません。
昭和の逸話に「絶対に切れない頑丈な時計ベルトを作った会社が、買い替え需要を失って倒産した」というものがありました。現在の社会は「起きてからの対処」には金を払うが、「予防して何も起きなかったこと」には払いにくい構造を持っています。技術的な正解とビジネスの成立の間の矛盾を乗り越え、予防に経済価値を持たせ、システムを海外の農場警備などにパッケージ化して外貨を稼ぐモデルへ転換します。この社会実装の構想力こそが、リーダーに求められる智慧でしょう。
AIの計算式に、「覚悟」という変数を代入せよ
AIは冷徹に「この事業は撤退すべき」と告げてきます。失敗の確率が高い選択肢を死と定義し、回避します。絶対に壁にぶつからないコース取りからは、10倍の未来へのショートカットは見つからないように見えます。
AI時代のリーダーの究極の役割は、AIの冷徹な計算結果に対し「責任」という名の痛みを引き受けることです。「AIの計算では成功率10%。だが失敗したら全責任は私が取る。この道を行こう」——そう断言できるのは、痛みを感じる生身の人間だけなのです。リーダーがリスクを身体で引き受ける覚悟を示したとき、初めて組織に熱狂が生まれます。知識とシミュレーションは、死なない優秀な参謀たるAIに任せればよい。しかし決断という痛みを伴う行為だけは、人間にしかできない。それこそが、人間が人間であるための最後の聖域なのだから。


