リーダーシップは長らく、自信ありげに話し、堂々と振る舞い、注目を集め、トップにふさわしい存在であることを示す――そうした「見せ方」と結び付けられてきた。しかし、社会心理学者のエイミー・カディは、こうした本能的な振る舞いの一部が、重要な局面でリーダーに最も必要とされる資質をかえって損なうことがあると指摘する。
カディ博士は、ラトガース大学、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院、ハーバード・ビジネス・スクールで教鞭をとり、2012年のボディランゲージに関するTEDトークで広く知られるようになった。ベストセラーとなった著書『Presence: Bringing Your Boldest Self to Your Biggest Challenges(プレゼンス――最大の挑戦に最も大胆な自分で挑む)』では、プレッシャー下で人が本来の力を発揮できるのはなぜかを探った。しかし、その研究の示唆は就職面接やプレゼンの枠を大きく超える。リーダーにとって重要な問いを投げかけるからだ――本物の「プレゼンス(存在感)」とは、力を誇示することよりも、他者とつながるのを妨げる心理的な障害を取り除くことに関わっているのではないか、と。
「プレゼンスとは、新たな資格を一つ加えることではない」とカディは筆者に語った。「それは、邪魔なものを取り除くことなのだ」
その「邪魔なもの」はさまざまな形をとる。恐れ、自分を過剰に監視する癖、印象操作、確信を装いたい気持ち、やり取りを支配しようとする衝動――。これらはすべて、本来なら聞くこと、考えること、応答することに向けられるはずの認知的・感情的な資源を消費してしまう。
だからこそプレゼンスは、生まれ持った性質というより、リーダーシップの実践と捉えるべきなのだ。
演じない自信
カディはプレゼンスを、「自分が実際に考え、価値を置き、感じ、知っていることに、その瞬間ごとにアクセスし、表現できる力」と定義する。この定義が重要なのは、プレゼンスを「生まれつきカリスマ性のある人」だけのものから切り離すからだ。
「カリスマ的な人になる必要はない」と彼女は言う。プレゼンスは「エピソード的」で、ごく一瞬のものでもあり得る――つまり、内向的な人、不安を抱えやすい人、自分を「堂々としている」などとは到底思えない人にも開かれているということだ。
この示唆はリーダーシップにおいて大きな意味を持つ。より印象的な人格を作り上げる必要はない。自分の本当の力が表に出てくるのを妨げているものを減らせばよいのだ。
信頼性についても同じことが言える。リーダーは重要なプレゼンや交渉、会議を前にして、話し方を磨き上げることに膨大なエネルギーを注ぎがちだ。しかし、磨き過ぎはそれ自体が警戒信号になりかねない。
カディによれば、信じてもらえるかどうかは「一貫性」から生まれる――言葉、感情、ボディランゲージ、確信が、すべて同じ物語を語っていること。人は意識的にそれらのシグナルを分析していなくても、ずれには気づく。
「あなた自身が自分の話を信じていなければ、聞き手も信じない」と彼女は言う。
これは、確信そのものが過大評価されがちな理由の一つでもある。カディは、揺るぎのない「安定した自信」と、常に自らを証明し続けなければ保てない「脆い自信」とを区別する。本当に自信のあるリーダーは、「わからない」と言ったり、自分の主張を再考したり、相手の方が優れた視点を持っていると認めたりしても、それをアイデンティティへの脅威とは感じない。
「安定した自信は開かれたままでいられる」と彼女は語る。「脆い自信にはそれができない」
リーダーが絶え間ない不確実性の中を進んでいく環境では、この違いはますます重要になる。社員たちは、リーダーに何もかも予測できるわけがないと知っている。作り物の確信は、むしろ信頼を損なう結果になりかねないのだ。
台本作りをやめる
準備は欠かせない。しかし、台本化は危うい。
カディは、問題を深く理解できるまで準備することと、あらかじめ決めたセリフを言うことに縛られてしまうほどリハーサルを重ねることとの違いを指摘する。
「時には、何を言うかを準備するのをやめる必要がある」と彼女は言う。「そして、マインドセットを整え始めるのだ」
台本化の危険は、リーダーが「言うつもりだったこと」に集中しすぎて、その瞬間に起きていることが耳に入らなくなることにある。質問が予想外の方向に向かう。新しい情報が出てくる。想定していなかった懸念を誰かが口にする。プレゼンスとは、台本を手放せるだけ主題を自分のものにしていることでもある。
この「主導権を手放す姿勢」は、聞くことにも当てはまる。
素早く話し、素早く決断することは、どちらも目に見える行動なので、いかにもリーダーらしく映る。聞くことは受動的に感じられがちだ。しかしカディは、待ち、情報を受けとめ、答えるタイミングを選べる力こそ自己制御の証だと主張する。
そしてスピードは当てにならない。素早い決断が、必ずしも最速の実行につながるわけではない。人は、自分が形づくりに関わった解決策ほど受け入れやすい。意思決定のプロセスを少し遅らせ、意味ある意見を取り入れる時間を設けることが、その後のすべてを加速させることもあるのだ。
沈黙も重要な役割を果たす。
カディは、リーダーが沈黙を恐れないことを一つのシグナルと見る――すべての秒を言葉で埋める必要はない、他者が考える余白を与えても危険はない、やり取りを常に自分がコントロールする必要もない、というメッセージだ。
「それは、人が考えるための余白を生む」と彼女は言う。
逆説的な話だ。リーダーは、より多くの会話空間を占めることで権威を示そうとしがちだが、最も自信あるリーダーの中には、むしろその空間を手放すことで自信を示す人がいる。
有能さの前に、信頼を
よくあるもう一つの誤りは、信頼を築く前に能力の高さを示そうとすることだ。
社会的判断に関する研究は長年、カディが「温かさ(warmth)」と「有能さ(competence)」と呼ぶ二つの基本的な次元を扱ってきた。おおまかに言えば、相手が自分に対して善意を抱いているか、そしてその意図を実行できる力があるかどうかである。
リーダーが後者を強調したくなるのは自然なことだ。資格、専門性、実績は比較的測りやすく、伝えやすい。一方で温かさは、しばしば「甘さ」と誤解されて軽視される。
しかし、新しい上司、合併、困難な組織変革に直面している社員は、リーダーの頭脳明晰さを評価する前に、もっと素朴な問いを発している――この人は味方か、敵か。
その答えが得られないまま、能力ばかりを突き付けられると、それ自体が脅威になりかねない。
「信頼を得て築くための時間をかけなければ」とカディは言う。「あなたの能力も、アイデアも、頭脳の輝きも、ただレンガの壁に投げつけているだけになる」
「時間をかける」という言葉が重要だ。
プレゼンスを発揮するには、「ちょっとした間、会話、傾聴の時間はすべて『本当の仕事』の時間を奪っている」とみなす欠乏マインドセットに抗う必要がある。時には、ペースを落とすことこそが仕事なのだ。
リーダーがプレゼンスの土壌をつくる
プレゼンスには社会的な側面もある。防御的な姿勢を手放し、自分を証明することに囚われなくなったリーダーは、周囲全員にとっての心理的な気候を変える。
「プレゼンスは、プレゼンスを呼び込む」とカディは語る。
リーダーが本当に耳を傾け、不確実性を受け入れ、自分の発言順を今か今かと待たなくなると、他の人も常に「演じ続ける」必要はないのだというメッセージが伝わる。
その逆もまた真だ。
社員は、リーダー本人が思うよりはるかに多くの意味を、リーダーの振る舞いから読み取っている。カディは、ロサンゼルス・ドジャースのコーチや新人選手たちと話した時のエピソードを紹介した。たとえばコーチが廊下で挨拶を返さなかったという些細な出来事が、若手選手を「何かまずいことをしたのか」「トレードされるのか」といった推測の渦に陥らせることがあるのだ。
コーチは単に別のことで気を取られていただけかもしれない。しかし、力の差があることで、同じ振る舞いの受け取られ方が変わってしまう。
これは、リーダーのプレゼンスが大舞台での振る舞いだけで決まるのではないことを思い出させる。日々の小さなやり取りを通じて、「自分は見られているか、価値を認められているか、立ち位置を絶えず気にせずにいられるほど安心できているか」を伝えているのだ。
人は、自分の居場所を守るために膨大な心理的エネルギーを使いながら、最良の思考を同時に差し出すことはできない。
重要な場面を測るものさし
カディの研究から得られる最も有用な示唆は、おそらく、重要な場面のあとにリーダーが自分自身をどう評価するかという点に関わる。
わかりやすい評価基準は結果だ。契約は獲れたか。承認は得られたか。取締役会を説得できたか。交渉はまとまったか。
カディは、別のものさしを提案する。
より重要な問いは、恐れによって、自分が本当に信じていることを手放してしまったかどうかだ、というのだ。
「プレゼンスの最も大切な成果は、必ずしも『勝つこと』ではない」と彼女は言う。それは、そのやり取りを終えたあと、「あれは本当の自分だった。自分として、その場に立てた」と言えることだ。
この視点の転換が重要なのは、結果はリーダーが完全にコントロールできるものではないからだ。しかし、努力の誠実さはコントロールできる。
これはプレゼンスを「勇気」と結び付ける視点でもある。カディが取り組んでいる、いじめに関する次の研究では、彼女が「社会的勇気(social bravery)」と呼ぶもの――他者のために社会的なリスクを引き受ける意思――が探求されている。プレゼンスは「自分にとって怖い瞬間に、本当の自分で立てるか」を問う。社会的勇気は「代償を払ってでも、他の誰かのために立ち上がれるか」を問う。
どちらも、パフォーマンスとしての自信より深いものを必要とする。
どの瞬間も自分を守り続けなくてもいいだけの、十分な安定感が必要なのだ。
これこそ、カディの研究から得られるより大きなリーダーシップの教訓かもしれない。最も強いプレゼンスを持つリーダーは、必ずしも会議を支配する人、最も洗練されたプレゼンをする人、最も強い確信を示す人ではない。
彼らは、耳を傾けられるだけの地に足のついた安定感を持っている。不確実性を認められるだけの安心感を持っている。沈黙をあえて埋めずにいられる辛抱強さを持っている。他者に「見られている」と感じさせられる注意深さを持っている。そして、どの場面でも自分の居場所を証明する必要がないほどの自信を持っている。
そう捉え直せば、リーダーシップのプレゼンスとは、周囲に自分の力を感じさせることではない。周囲が自分自身の力により深くアクセスできるような条件を整えること――それこそがプレゼンスなのだ。



