中藤がこの1年、特に徹底してきたのが「後追いの学びづくり」である。あらかじめつくり込んだカリキュラムを提供するのではなく、生徒一人ひとりの興味関心の変化に応じて数週間や数カ月単位で柔軟にプログラムを生み出していく。
「最近は探究学習やアントレプレナーシップ教育に取り組む学校が増えていますが、課題解決型の学習になりがちだったり、考えることの枠組みが事前に与えられたりすることが多く『問いの開放性』が狭いと感じることがあります。事前にテーマを狭めてしまうと、子どものなかに湧き立った感覚や感情を見逃してしまいかねません」(中藤)
例えば、コーヒーがテーマの場合、「どうすればコーヒー豆が売れるようになるか」「フェアトレードの仕組みをより良くするには何が必要か」といったお題を教員側が設定してしまいがちだ。だが、子どもたちのなかにはコーヒーのおいしい淹れ方に関心がある子もいれば、コーヒーチェーン店の経営に関心をもつ子、人間がコーヒーの香りに惹かれる理由に関心がある子もいる。
「自分のなかから問いが湧き立ったときに初めて、その子はテーマに当事者性を感じる。その瞬間を逃さないことがとても大事です」(中藤)
教育現場での気づきを次世代の教員養成へとつなげる場所が「無花果カレッジ」だ。受講生は、無花果フリースクールや無花果高等学園の先生として生徒と直接かかわりながら、提携校の星槎大学(通信制)で大学卒業資格と教員免許取得を目指す。いわば実践型の教育者養成カレッジである。
カレッジで育てたいのはどんな教員なのか。中藤は3つのポイントを挙げる。ひとつは、民主主義の土台となる「良い教育」とは何なのかを思考し、現場を通じて実践できること。ふたつ目は、子どもや先生たちと対話しながら、自ら良い教育の定義をアップデートし続けられること。3つ目が、「自由の相互承認」(KEYWORD 02参照)を軸に自分自身を探究する姿勢があることだ。
「『どうやったらうまくできるだろうか』というDoの探究と、『自分はどうありたいのか』『どんな人間でいたいのか』というBeの探究。このふたつをクルクルと回していくことが、生きることそのものだと思っています」(中藤)
子どもや先生たちとかかわるなかで、互いの違いをわかり合おうとしたり、歩み寄ろうとしたりする。失敗やもどかしさも含めて、身体性をもって経験することが最大の学びになると中藤はいう。「AI時代こそ生身の、すっきりしない対話が大事になると思います」(中藤)。
谷津と中藤にはふたつの共通点がある。ひとつは自分の経験を教育現場にもち込まない点だ。
谷津は、中学受験のときに通った地元の塾の先生が親身に寄り添ってくれたことを今でも忘れない。数学が苦手だった谷津に過去30年分の入試問題をすべて印刷して解かせ、時に発破をかけ、時にねぎらってくれた。先生のおかげで苦手教科を克服できた。この経験が、今の谷津の自己効力感の土台になったという。
だが、谷津はあえて自身の経験を語らないようにしている。「経験をベースに教育を語ることは、絶対にやってはいけないと思っている」ためだ。「経験はモチベーションの源泉に過ぎず、ビジネスをスケールさせる役には立たない」(谷津)。
中藤は高校時代、祖父が経営していた会社の倒産をきっかけに家庭環境が変化し、不登校になった。そんなとき、当時通っていた地元の塾の社長が「無料でいいから通い続けてはどうか」と声をかけてくれたことが大きな支えになったという。しかし、だからフリースクールをやろうと思ったわけではない。「自分の感想をもつことは大事ですが、それを過度に一般化して教育を語ることには危険性がある。人類全体の視点から、どんな教育があるといいのかを考えることが大切なのです」(中藤)
KEYWORD 02
自由の相互承認|他者の自由を侵害しない限りにおいて、生き方の自由や幸福追求の自由、思想信条や信教の自由などを互いに承認し合うこと。民主主義の根本的な考え方でもある。


