こうした変化はありつつも、もうひとつ、大国が決定的な勝利を得られない共通のポイントがある。それは、戦争の趨勢を決めるのが武力だけではない、ということである。ロシアのウクライナ侵攻においては、当初、ロシアの武力による攻撃を武力で対処する必要に迫られたウクライナではあるが、政府のデータを戦争の前に移転していたことや、攻撃によって破壊されたインフラを決死の覚悟で修復するインフラ企業などの活動がウクライナの継戦能力を担保していることは、重要である。ウクライナは現在、ロシアの製油所やネット通販企業の倉庫など、人的被害は小さくても物流においては重要な役割を果たすインフラを攻撃し、それが修復できないロシアにおいて、市民の間に厭戦気分が生まれている。さらに、戦時経済が息切れしてきたロシアにおいて、こうした流通インフラへの損害が、さらに経済活動を縮小する結果となり、ロシア経済を混乱させている。9月に連邦議会下院の選挙を控えるプーチン大統領としては、何とかしなければならない状況となっている。
他方、イランはすでに昨年の「12日間戦争」で防空システムは破壊され、アメリカとイスラエルの攻撃を防ぐことはできず、武力によって米軍を撤退させることも極めて困難だが、ドローンと高速艇を山中に掘ったトンネルに隠すことで、ホルムズ海峡を通過するタンカーや商船に攻撃を加え、イランの許可なしに海峡を通過することを認めないという「事実上の封鎖」を実施している。それにより、世界の原油と天然ガスの20%を供給するペルシャ湾岸諸国からの輸出が難しくなり、原油のグローバルな需給をコントロールし、価格を決定する能力を持つようになっている。これが、中間選挙を控えるトランプ大統領とすれば、原油高に連動したガソリン高、物価高は大きな失点となりかねず、何としてでもホルムズ海峡の開放を実現しなければならないが、そのためにはイランに譲歩しなければならず、そのジレンマに苦しんでいる。
このように、現代の戦争の勝敗は、武力だけでは決まらず、地経学的なパワーを含めた、国の総合的なパワーで決まるのである。
鈴木一人◎立命館大学大学院修士課程修了、英国サセックス大学大学院博士課程修了(現代ヨーロッパ研究)。筑波大学大学院専任講師・准教授、北海道大学公共政策大学院准教授・教授を経て2020年10月より東京大学公共政策大学院教授。国連安保理イラン制裁専門家パネル委員(2013-15年)。22年7月、国際文化会館地経学研究所(IOG)所長就任。


