アイビースタイルの本当の売り
この美学が最も大きな力を発揮するとき、売っているのは「自分は一員」という感覚だ。紋章入りのブレザー、学校のワッペンが付いたセーター、ボート競技用のジャケット、そして古くなるほど魅力を増していくスウェットシャツ。その見た目にはチームやクラブ、学校、伝統が溢れている。
ただセーターを着るだけではない。そのセーターとともにある生活を想像するのだ。
言い換えれば、アイビースタイルが売っているのは「帰属感」だ。
ロングコアは、この復活の一因を世界がメディアを介するようになっていることへの反応だと見ている。「人々は画面の前で多くの時間を過ごし、互いにつながらなくなっている」とロングコアは私に語った。「ハイテクな新しい世界は孤独な場所になり得る」。未来が不確実に感じられる中では「過去に安らぎを求めるのは自然な傾向だ」とロングコアは主張する。
これは、思春期のかなりの部分をオンラインで過ごした世代にとって、特に共感を呼ぶものかもしれない。現在、大学へ進学する学生たちは人格を形成する時期にパンデミックの混乱を経験し、学習やコミュニケーション、社交に高度化するばかりのテクノロジーが介在するのを目の当たりにしてきた。
そうした背景を考えると、大学生活の中でもとりわけ古風な側面が意外なほど魅力的に映ることがある。
学生で埋め尽くされたフットボールスタジアムは紛れもなく実体的だ。日の出前に漕ぎ出すボート部のチームもそうだ。大学が立地する街にはその土地ならではの地理的特徴がある。キャンパスの中庭には歴史が息づいている。伝統は現在の学生たちをかつて同じ場所で過ごした前の世代の人々と結びつける。
そして、おそらく最も重要なのは、生まれながらに与えられたものではなく、自ら選んだコミュニティの一員となる可能性を大学が提供してくれることだ。クラスメイト、ルームメイト、教授、チームメイト、友人たちは、あなたが4年間に何をするかだけでなくどのような人間になるかも形づくる。
もちろん、ノスタルジーは物事を明らかにするのと同じくらい、多くのものを覆い隠すこともある。米国の「プレップ」にまつわる伝統は、現在その美学に参加し、再構築している多くの人々を排除してきた教育機関から生まれたものだ。現在の「ニュー・プレップ」が興味深いのは、まさにそれが昔と同じ人々のものではなく、昔とまったく同じ意味を持っているわけでもないからだ。
大学について考えるときにもこの区別は重要だ。その美学には排他的なルーツがあるかもしれない。だが、コミュニティを求める気持ちは排他的ではない。


