そして今、その流れをさらに進めようとしているのがAIエージェントだ。これまでのコンピュータは、人間が操作するものだった。キーボードを打ち、マウスを動かし、アプリを開き、検索する。AIも基本的には、人間が質問してAIが答えるという関係だった。しかしAIエージェントは、人間が何をしたいのかを理解し、その目的のために情報を集め、必要なサービスを使い、次に何をすべきかを考えていく。人間がコンピュータに合わせるのではなく、コンピュータの側が人間に合わせて動く時代が始まっている。
2026年の今、僕はAIエージェントを「デジタルの伴(とも)」と呼びたいと思っている。AIは人間をただ守るものではなく、その人が何をしたいのかを理解し、仕事や生活を一緒に進めていく存在になっていくからだ。
病院には医療情報があり、市役所には行政情報がある。銀行には金融情報があり、学校には教育情報がある。これまで、それらは別々の場所に存在していた。本人の意思と許可を前提に、プライバシーやセキュリティを守りながら、必要な情報やサービスをAIがつないでいけば、一人ひとりの生活に合わせた新しいサービスが生まれてくるだろう。AIは、情報と人、サービスと人をつなぐ存在にもなっていく。
僕自身、AIを使っていると、とても物知りな親友がいてくれるように感じる。情報を整理し、文章を一緒に考え、膨大な情報の中から必要なものを探してくれる。でも、最後に決めるのは自分だ。AIが人生を決めるのではなく、自分が決めるためにAIがそばにいる。ここが大切なのだと思う。
AIが面倒な仕事を引き受け、情報を整理してくれれば、人間は本当に考えるべきことを考えられる。人と向き合う時間も増える。家族や友人を思いやる時間も増える。AIが人間から何かを奪うのではなく、人間が人間らしく生きるための時間を取り戻す。僕は、AIにはそんな方向へ進んでほしいと思っている。
僕は写真家だ。写真は、人間の一瞬を記録する。シャッターを切った瞬間、その時間は過去になる。写真には未来を撮ることはできない。一方、AIは膨大な情報をつなぎ、人間の考えや生活を支えることができる。長い間、人間とコンピュータを見てきた僕が、いま改めて考えているのは「人間とは何なのか」という問いである。AIは、人間の代わりになるためにあるのではない。人間が、より人間らしく生きるためにある。
ジョブズが進めたPC革命は、コンピュータを人間の側に近づける革命だった。そして今、AIエージェントによって、その革命はもう一段先へ進もうとしている。これからは、人間がコンピュータを操作するだけではない。コンピュータの側が一人ひとりの人間を理解し、その人が何をしたいのかを考え、その人のために動く時代になっていく。
PC革命は、まだ終わっていない。その先にあるのは、人間をデジタルに変える社会ではない。デジタルのほうが人間に近づき、人間に寄り添い、人間の人生を支える社会である。
ジョブズが残した「人間ってデジタルだよね」という一言は、何十年たった今も僕の中に残っている。もしかすると、あの言葉は、これから始まるAIの時代を考えるための、小さな問いだったのかもしれない。


