カルチャー

2026.10.14 13:30

伝統の黒谷和紙を世界の空間へ 産業をつくる「紙漉き職人×事業家」

ハタノワタル|紙漉キハタノ代表

和紙を残すため、商流をつくり直す

さらにハタノは、近所の米農家に言われた「自分で作ったものは自ら売り切れ」の一言をきっかけに、楮の栽培から紙漉き、施工までを一貫して手がける直販モデルを確立した。問屋や小売を介さず利益を確保し、原料をつくる農家や紙漉きの現場へと還元する。「買取価格の安さと後継者不足から、国内の楮農家の廃業が相次いでいます。現在契約している高知や熊本の農家とは、後継者を雇えるような価格で買い取っています」。

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楮の原料費は約5倍に上がったが、中間流通を挟まないため、値上げは原料費の増加分だけで済む。

「今、日本で一番問題なのは、ものづくりの源流にいる農家さんや、道具をつくっている人にお金が回っていないことだと思うんです」

ハタノは中間搾取をなくし、農家、職人、消費者をつなぐ循環をつくることが、この産業を存続させる道だと考える。そして今、新たに取り組んでいるのが、ハタノ個人に依存しない継承の仕組みづくりだ。

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参考にしたのは、創業者の没後も若手を育てながら走り続けるイッセイミヤケの経営モデル。アーティストとしての「ハタノワタル」と紙漉きの仕事を切り分け、後者は「紙漉キハタノ」という工房として残す。さらに、若いつくり手が黒谷和紙の可能性を探る「午後二時設計室」を立ち上げ、組織化やネット販売、海外展開も進めている。

「今一番やらなければいけないのは、『ハタノワタル』という名前を消すことなんです。僕がいなくなっても、『紙漉キハタノ』という工房が回り続ける。そのための仕組みを今つくろうとしています」

目指すのは、自らの工房だけが生き残ることではない。ハタノは、自らの試行錯誤を、農業や伝統工芸などほかの小さな産業にも応用できるビジネスの「型」にしようとしている。

「これからの時代を生きていけるビジネスの『型』をつくることは、すごく意識しています。小さくて苦しいところに、『こうやったらいいんじゃないか』と示せるようなものにしたいんです」

AIが暮らしのあらゆる場面に浸透する時代に、あえて非効率な手仕事を残す意味はどこにあるのか。

「頭で考えることはAIが便利にしてくれるでしょう。でも、ふっと落ち着ける空間の心地よさや、日々変わる光の移ろいは作れません。雪の日にこのギャラリーの椅子に座って外を眺めていると、光がふわっと変わる瞬間があって、とてもきれいなんです。世界が不安定さを増す今だからこそ、何百年も続いてきたものに、人は心の拠り所を求めているのかもしれません」


ハタノワタル◎1971年、淡路島生まれ。多摩美術大学で油画を専攻。97年から京都・綾部の黒谷和紙で紙漉きを学び、2000年独立。工房「紙漉キハタノ」を主宰。楮の栽培から紙漉き、和紙による空間施工やアート制作までを一貫して行う。ホテル「LOG」などの空間演出も担当。

文=真下智子 写真=若原瑞昌

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