サイバー空間で復活する「私掠」という建国期の制度
米国憲法第1条第8節は、連邦議会に「船舶捕獲・報復免許状」を付与する権限を与えている。私掠免許状とは、民間所有の船に敵船への攻撃を認める政府の許可証だった。拿捕した船や積み荷など、戦利品の一部を受け取ることも認められていた。
政府自身の軍事力だけでは足りない場合、民間の船と人員を戦力として利用できるのが私掠制度だった。米国では独立戦争や米英戦争で実際に活用され、海軍力を補う重要な役割を果たした。
独立戦争と米英戦争を支えた私掠船
米独立戦争中、議会は約1700通の私掠免許状を発行し、民間船は英国船約600隻を拿捕または破壊したと国立公園局は説明している。戦後、米国は1785年に最後の軍艦を売却し、その後9年間は海軍を持たなかった。
米英戦争でも私掠船が海軍力を補った。米海軍によると、1812年の開戦時、米海軍が保有していたフリゲート艦は8隻だった。これに対し、英海軍には600隻を超える艦艇があった。
米海軍が戦争中に拿捕した英国船は約250隻だったが、私掠船は1200~2000隻を拿捕したと米海軍協会が掲載した研究は推計している。
ボルティモアの船長トーマス・ボイルは、英国全土を封鎖すると宣言する模擬布告をロンドンのロイズ・コーヒー・ハウスに掲示し、庶民の英雄となった。
私掠船は政府の許可だけで自由に攻撃できたわけではない
私掠制度は、民間の自主性と政府の規則を組み合わせていた。すべての私掠船は政府の許可を受けて航行した。拿捕した船や積み荷は収益を分配する前に、拿捕の適法性や戦利品の分配を判断する捕獲審検所の審理を受けた。
欧州諸国は1856年に私掠行為を廃止したが、米国は署名を拒否した。私掠免許を認める権限は現在も米国憲法に残っている。
ロン・ポール元下院議員は同時多発テロ後に私掠免許の復活を提案した。リーも麻薬カルテルへの適用を2025年12月に提案している。
ホワイトハウスの覚書とリーの法案は、政府が民間に攻撃権限を与え、その監督下で活動させる私掠制度の考え方をサイバー空間へ持ち込もうとしている。


