一方、自尊心を特定の分野での成功に依存させている人は、その分野で物事がうまくいかなくなると防御的になり、苦悩する傾向がある。プロジェクトの失敗が自分の失敗を証明するもののように感じられるのであれば、それがもう終わったのだと認めることを避けたくなるのも当然だ。そのプロジェクトが単に「試み」に過ぎないのなら、やめることによる苦痛ははるかに小さくなる。
これは、こうした人たちが自分の仕事に対してそれほど関心がないという意味ではない。彼らの多くは仕事に非常に熱心だ。違いは、失敗した試みを認めつつも、自分自身が失敗したと結論づけない点にある。それにより、起きたことを恥じるのではなく、そこから学ぶことができる。
リセット反射の習慣が意味するもの
リセット反射は思うほど持って生まれた知能とは関係がない。学術誌『Journal of Personality and Social Psychology』に2008年に掲載された研究では、サンクコスト効果を含む多くの典型的な思考バイアスは認知能力とはほとんど関係がないことがわかった。場合によっては、非常に頭の良い人ほどそのまま続けるための説得力のある理由を考え出すのが上手なだけということもある。
ここで私が言う知性は、事実が変わったときにそれに応じて方針を転換する能力を指す「実践的な知恵」に近い。
リセット反射という習慣を支えるもう1つの特性が知的謙虚さだ。これは自分の判断が間違っている可能性を受け入れる姿勢を指す。学術誌『Nature Reviews Psychology』に2022年に掲載されたレビューでは、心理学のさまざまな分野における、この特性に関する研究がまとめられている。それによると、知的に謙虚である人ほど自分の考えに反する証拠に対してよりオープンであり、自分が間違っていたことがわかっても脅威を感じにくいことが示唆されている。
このようなオープンな姿勢があるからこそ、もはや現実的ではなくなった目標を手放し、新たなことにエネルギーを振り向けることができる。学術誌『Nature Human Behaviour』に2025年に掲載されたメタ分析では、このように目標を調整する人はより高いウェルビーイングを報告する傾向があることが明らかになった。
ただし、これは簡単に諦めることとは別物であることを明確にしておく必要がある。粘り強さは重要であり、価値あることの多くは困難な時期を乗り越えて初めて実を結ぶ。その苦労は乗り越える価値があるのか、あるいは主にプライドのためだけに続けているものなのかを見極められることこそ真のスキルだ。
この見極めがうまくできる人は、失敗がどのようなものかをあらかじめ想定しておくことが多い。そうして、いざその時が来てもその日の気分ではなく事実に基づいて対応できる。
リセット反射が欠けているとき、その兆候はたいていお馴染みのものだ。例えば、自分の成長にもはや寄与しなくなっている仕事に留まり続けたり、完全に作り直す必要がある計画を何度も修正し続けたりするなど。こうした状況は知性の欠如を示しているわけではない。たいていの場合、特定の成果と自分のアイデンティティが密接に結びつきすぎてしまっていることを示している。
多くの人は、最初からやり直すことを最後の手段だと考えている。自分の決断について明晰に考える人にとってそれは前進するためのごく普通のプロセスの一部であり、健全なものですらある。知的な人は、より良い試みへと早く進む助けになるのであれば、失敗した試みは決して無駄ではないことを理解しているのだ。


