宮廷画家のことは、純粋な芸術家だと考えたいかもしれない。だが、彼らの制作の仕方は、現代のブランドが「クリエイティブ・ディレクション」と呼ぶものに驚くほど類似している。レッドカーペットに登場するセレブリティたちの装いを完成させるスタイリストのように、ポーズや衣装、照明、背景、そして象徴的な小道具までを入念に、慎重に選んでいる。
画家たちは、優れたポートレートに重要なのはただ対象に「似ている」ことではなく、作品の「主張」であることを理解していた。
ジョン・シンガー・サージェントは19世紀末、より明確にこのことを示した。彼が1884年にパリのサロンに出品したヴィルジニー・アメリ・ゴートローの肖像画、『マダムXの肖像』は、描かれた女性が本人に似ていなかったからではなく、その性的なニュアンスが強烈であったことにより、世間を大きく騒がせた。サージェントは当初、装飾が施されたドレスのストラップの一方が肩からずり落ちた状態を描いたが、厳しい批判をかわすため、肩紐の位置を修正した。
この一件が何より明確にしたのは、ポートレートが「中立的な記録であったことはない」ということだ。それは常に、名声、階級、世間に見せたい自分をうまく描き出すという目的を持ったものだった。
「象徴」から「広告」へ
20世紀のファッション写真は、ポートレートが持つこうしたメカニズムを産業化し、貴族階級が手にすることがなかった肖像画の流通ネットワークを築き上げた。ポートレートは個人所有の建物のホールに飾られる一枚の絵画ではなく、『ヴォーグ』誌の表紙や高級店のショーウィンドウ、タイムズ・スクエアの巨大広告に同時に登場する一つのイメージになった。
そうした中で、「象徴がまとうもの」も変化した。馬はスポーツカーに、先祖から代々受け継がれてきた邸宅はマンハッタンのペントハウスに、刺繍が施された制服は仕立ての良いスーツに変わった。さらにその後、それ自体が特定の主張を持つものとして意図的に着用されるシンプルなTシャツにも変わった。
ココ・シャネルは飾り気のないシルエットを、自らのメゾンのアイデンティティと完璧に融合させた。これらは彼女の死後も切り離せないものとして存在している。さらに、そのメゾンでアーティスティックディレクターを務めたカール・ラガーフェルドは、自らを常に一定の視覚情報として発信するようになった。
髪用の白いパウダーをふりかけ、後ろで束ねた(18世紀に欧米の男性貴族・紳士の間で流行した)ヘアスタイル、ダークカラーのサングラス、指なし手袋、糊の利いたハイカラーのシャツ──それはラガーフェルドが彼自身のスタイルを見せるという以上に、「シャネルがロゴの使用を認めた」ともいえるものになった。


