「日の出から日の入りまでを六等分」した日本
では、日本人が持つ分刻みの正確さは、いつ形成されたのでしょうか? それはこの100年ほどのこと。江戸時代の日本では「不定時法」が採られていました。日の出から日の入りまでが六等分され、一刻の長さは、季節ごとに伸び縮みしていたのです。夏の一刻と冬の一刻が、同じではない。時間のほうが、人の暮らしに合わせて形を変えていたのですね。
時間を揃える社会は、一人の時間も整えてきました。日本では、内閣府の2024年調査で4割超が「孤独を感じる」と答えていますが、さらに約1割が「相談相手がいない」、かつ孤立状態にあります。よく訪日観光客からは、一人で食事をするところが沢山あって便利だとか、一人旅でも宿泊施設で人目を気にしなくていいから楽といった感想が聞かれますよね。一人でもなるべく心地よく過ごせるように、社会が変化していったという側面がある。
一方でイタリアでは、家族関係に「とても満足」と答えた人が3人に1人(33.2%)、友人関係でも5人に1人(22.7%)*にのぼります。
イタリアは「おひとり様」に優しくない?
その社会を反映してか、イタリアは決して、おひとり様が便利な国ではありません。軽く夕食を一人で取りたいと思っても、ファミレスやコンビニはなく、定食屋のような小規模な飲食店もない。レストランに入れば、一人でテーブルについている人間がいない。行き着く先はファストフードですが、一人旅をしているひとは、旅先なので何か美味しいものを食べたい。でもイタリアには、デパ地下の食品売り場などありません。
日本は時間管理に厳しいですが、一人の時間は過ごしやすくできている。イタリアも時間に無頓着な社会ではないですが、その時間が何のために存在しているのかが問われやすいようです。共同体社会の名残で、誰と一緒に、どんな意図で過ごすかの方が、重視されます。
ところで、イタリアの会社に朝礼文化はありません。でも2025年の調査*によれば、実はイタリアでも、会議が本当に役に立つと感じている人は23%。つまり4回に1回たらず。会議にうんざりしているのは、どうやら日本人だけではなさそうです。
夏季休暇を終えたいま、毎朝の朝礼や会議にもう耐えられない、そう思うのは自分だけだろうかと感じたら、よその国の社会調査データを眺めてみてください。少し気持ちが落ち着くかもしれません。時間のほうが、人の暮らしに合わせて形を変えていたのですね。
*ISTAT(イタリア国立統計研究所)2023年調査
**ASUS Business/Research Dogma調査(2025年)


