アダプティブEQやノイズキャンセリングといったトップクラスの音響技術を採用できるのは、アップルのリソースを使えるからに他ならない。そしてAndroidのネイティブ機能にも対応するという、アップルブランドにはない要素も持ち合わせている。
筆者の個人的な印象だが、アップルのオーディオ製品はニュートラルで、主張を抑え、どんな服にも合う、白いTシャツとジーンズのようだ。これはアップルというブランドが引き受けている役割の帰結だろう。
そう水を向けると、コステロは「アップルの製品についてはノーコメント」と笑いながら、そのうえでBeatsについてはこう言った。
「Beatsは、ほんの少しだけエッジを効かせることができる。ほんの少しだけ違っていろ——それが、ブランドとしての私たちに与えられた役割(remit)だ」
彼はBeatsブランドの個性を、気質ではなく“社内で承認された権限”として語った。アップルという統制のとれた組織のなかで、Beatsは与えられた自由を守り続けている。
ジミー・アイオヴィンは、月に二度電話をかけてくるよ
筆者はBeatsと奇妙な縁を持っている。初代Studioが世に出る前の週、なぜか自宅に、お試し用の製品とブランドの紹介資料が入った箱が届いたのだ。当時はモンスターケーブルとの付き合いもなく、ローンチ前のBeatsブランドさえ知らなかった。
いまだになぜ、あの箱が届いたのか、まったくわからないままだ。現在のようにSNSとインフルエンサーの時代でもない。あの名前も知らないブランドのヘッドホンを聴いてから18年が経過し、いまBeats 360の発表に立ち会っているのは感慨深い。
そう話すと、コステロの表情が少し変わった。
「ジミー・アイオヴィンは、月に二度は電話をかけてくるよ。まだこうしたい、ああしたいと言うためにね。彼ら(アイオヴィンとDr. Dre)はいまも、本当にBeatsのことを気にかけてくれている」
Beatsがアップルの傘下に入って12年。その創業者が、いまも折に触れて事業を預かる人間の携帯を鳴らしている。Beatsがアップルのなかに溶けず、独立したブランドとして残っている理由の説明として、これ以上の材料を筆者は思いつかない。Beatsとはカルチャーなのだろう。
Beats 360という製品の評価が定まるのは、これからだ。オーバーイヤーヘッドホンを着けたまま走る人が本当に増えるのかどうか、いまは誰にもわからない。ただ、その問いを社内で立て続けられる場所をアップルが12年間手放さなかったことは、ブランド買収における成功例として、もう少し評価されていいのかもしれない。


