筆者はクパチーノにあるアップルのサウンドラボに足を運んだことがある。そうした設備も共有されているのかと尋ねると、音響をはじめとする各部門のチームがBeatsの開発に深く関わっていると彼は即答した。
「買収前の私たちとは比較にならない」。そしてこう付け加えた。「それでも、私たちは私たち自身のものだ」
機能別組織にぶら下がった、唯一の事業部的なもの。それがアップルにおけるBeatsの位置だと考えると、いろいろな辻褄が合う。
なぜアップルはこの例外を維持するのか。答えは、今回の製品そのものが示しているのではないか。
アップルとは違うBeats流ものづくり
Beats 360は、アップルの枠組みでは生まれてこない製品である。
フレーム4色に対し、イヤークッションとヘッドバンドのクッションをそれぞれ2素材・8種類から選べるため、組み合わせは256通りに達する。クッションは左右同一形状ながら装着感は快適で、簡単に付け替えが可能だ。この夏にはワールドカップやウィンブルドンの会場で、アスリートが謎の未発表製品を身につける形でソフトローンチが始まっていた。その正体にファンの注目が集まるなかで、今回の発表日を迎えている。
こうしたアスリートを起用したティザーは、アップルが自社ブランドの主力製品で積極的に選ぶやり方ではない。ものづくりの面でも独自性があるが、その一方でアップルのテクノロジーのエッセンスはふんだんに盛り込まれている。
例えば、クッションには2種類の素材があるが、種類を判別するIDが仕込まれており、装着されたクッションに応じて音響チューニングが自動的に切り替わる。素材ごとに異なる音響特性を補正しているので、“パフォーマンスニット”と“ウルトラプラッシュ”を取り替えても、聞こえてくる音は同じというわけだ。
ファッション性や多様なフィットに応えるBeats流に、ユーザーにテクノロジーの違いや使いこなしを意識させないアップル的な実装が融合している。
スニーカーのインソールやシューレースのように、自分の好みや消耗時の付け替えを意識した商品企画は、シンプルでモノリシックなデザインに統一されたアップルのイメージとは異なるものだ。
そもそも身体に触れる製品、しかもアスリート向けとなれば、傷みは避けられない。ヘッドホンとクッションキットの両方を多色展開し、素材も複数用意して自由な“着こなし”を選べるコンセプトは、スニーカーに着想を得たものだという。
技術面を見ても、Beatsは独自路線を進みながら、AirPods Max 2と同じ系譜の技術を取り込んでいる。チップはH2ではなく、次世代のBeatsチップを採用した。ただしアルゴリズムはアップルと同じ基盤から派生したもので、DSPやマイク配置、筐体の違いに合わせてBeats側がチューニングし直している。


