人工知能(AI)の急速な発展と普及が進む今日、AIが関わるすべての業界を再定義することに疑いの余地はない。とりわけ、5兆ドル(約789兆円)規模に上る米国のヘルスケア業界は、AI主導の変革期を迎えている。歴史的に進歩が遅く、新技術の導入に保守的だったこの分野において、これは特筆すべきことだ。人の命や健康がかかっていることを考えれば、そうした慎重姿勢にも一理ある。医療従事者は、新たなイノベーションに伴う不確実性のリスクを冒すよりも、実績のある確実な手法を好んできた。
しかし、それは過去の話だ。ヘルスケアの新たな時代が到来した。
バックオフィス業務の効率化から複雑な手術におけるロボット工学の活用まで、AIを組み込んだヘルステックは、多くの医療現場で目覚ましい成果を上げている。こうした新たな機能による変化は、決してわずかなものではない。巨額の資金投資を惹きつけ、ヘルスケアシステムを徐々に再構築しつつある。
医療におけるAI主導の変革を測る指標の一つが、新規参入企業の数と、彼らがこの業界のほぼすべての側面を再考する斬新なアプローチである。
ヘルスケアの既存勢力に挑むAIスタートアップ
米国では、医療ケアや業務を改善するためのテクノロジー活用を指すヘルステック市場が、2025年時点で約2250億ドル(約35兆5000億円)と評価され、5万6000社以上のスタートアップが存在していたと推定されている。同年、これらのスタートアップのうち16社がユニコーン企業(企業価値10億ドル(約1580億円)以上の未上場企業)の地位を獲得し、その数は前年の2倍に達した。今後も成長が期待されており、同業界の評価額は2035年までに1兆ドル(約158兆円)を超えると予測されている。
AIは、この成長を促す極めて重要な原動力となっている。
こうしたスタートアップを率いる起業家たちの背景は、驚くほど多様だ。大規模なビジネスを構築してイノベーションの波に乗る明確なチャンスを見出している技術者もいれば、自身の経験から、医療提供システムのどこかに、もっと良いアプローチがあるはずだと痛感している元医療従事者もいる。
元皮膚科医であるオサマ・ハシュミ医師は、新たなテクノロジー、特にAIが、医療現場における長年の課題やギャップを解決する一助になり得ると確信していた。2021年、彼は共同創業者とともに、製薬会社から医師へ適切なタイミングで適切な情報を届けるために設計されたソリューションを提供するインピリカス(Impiricus)を立ち上げた。
医学部を卒業したばかりの新人医師として、ハシュミは自分や同期の医師たちが製薬会社から大量のマーケティングメールを受け取り始めたことに気づいた。その中には重要な内容も含まれていたが、あまりの量の多さに、本当に必要な情報を見分けることがますます困難になっていった。
価値ある情報がノイズと化してしまい、医師にとっても製薬会社にとっても、決して望ましい状況ではなかった。
数年間医師として勤務した後、ハシュミは自身の経験と新たなAIの可能性に対する確信を胸に、臨床の場を離れて自らこの問題に取り組むことを決意した。
医療の課題をAIの好機に変える
適切な情報を適切なタイミングで医師に提供することは極めて重要であり、治療の決定や患者の経過に重大な影響を与える可能性がある。
ハシュミと彼のチームは、製薬会社と医療従事者の間で情報を仲介するAI搭載ツールを構築した。医師の関心、ニーズ、エンゲージメントのパターンを活用し、コンテンツをよりパーソナライズされ、行動につながるものにする仕組みである。
ハシュミは、ある地方の医師の例を挙げた。その医師は同システムを導入したことで、これまでに遭遇したことのない稀な疾患を持つ患者のための臨床試験(治験)についての情報を得ることができた。このような的確なマッチングは、AIが導き出した洞察の直接的な成果である。
今年、インピリカスは、米国の急成長している非上場企業をランク付けする「Inc. 5000」リストで14位にランクインし、過去3年間の売上高成長率は1万1691%に達したと報告した。これはハシュミとそのチームの実績を示すだけでなく、明確な課題を解決し、ヘルスケアに新たな機能をもたらす適切なAI主導のソリューションが、未開拓の旺盛な需要を満たすことができるという強力な証明でもある。
ヘルスケアにおけるAIの可能性はまだ始まったばかり
革新的なAI搭載のヘルステックが活躍する余地は、途方もなく広い。
まず考えられるのは、請求業務、患者への連絡、保険管理、診療所や病院の運営などを含む、バックオフィス業務の効率化という明白な領域だ。
イノベーションの進展は、新薬、新たな治療法、そして治療の選択肢をもたらす。医師のツールが拡充される一方で、患者は情報へのアクセスが容易になり、自身の健康やケアの管理に主体的に関わる機会が増える。
デジタル技術、AI、自動化、そしてハードウェアの革新が融合することで、より多くのヘルスケア・ソリューションを大規模に、かつ低コストで提供できるようになりつつある。これは、これまで医療資源の不足、限られたアクセス、不公平な供給状況に悩まされてきた業界や利用者にとって、明るいニュースだ。
ヘルスケアにおけるAIの役割の拡大を示す明確な指標の一つが、投資の規模である。現在、ベンチャーキャピタルは同分野に毎年約180億ドル(約2兆8400億円)を投入している。この資金調達額は、今後数年間でさらに増加すると予測されている。
ハシュミは、歴史的に保守的だった医療従事者がAIを受け入れ始めている理由の一つとして、AIに対する心理的障壁が下がっていることを挙げている。OpenAIやグーグルなどの企業が提供するチャットボットの普及により、臨床現場も含め、AIは身近でますます有用な存在となっている。
ヘルスケア業界がイノベーションの扉を完全に開いた今、医師が医学を学び、実践する方法における急速な変化は避けられない。
さらに、現在あるいは将来の患者として、ほぼすべての人が最終的にこれらの変化を身をもって体験することになるだろう。
イノベーションと患者ケアのバランス
ハシュミは、ヘルスケアにおけるAIイノベーションの特定の領域について、慎重ながらも楽観的な見方を示している。彼は、医学部時代に教授たちから強調された2つのことを思い出す。1つは「患者はあらゆる診察の中心にあるべきであること」、もう1つは「医師は患者に全神経を集中させるべきであること」だ。現役の医師として、ハシュミは臨床現場に多くのテクノロジーが導入されるにつれ、患者に向けられる注意が希薄になっていくのを目にしてきた。患者が自身の症状を説明している間、医師がパソコンにキーボード入力しているという光景が、あまりにも頻繁に見られたのだ。しかし、AIメディカルスクライブ(AI医療カルテ作成アシスタント)のような新しいツールの登場により、医師はしっかりと目を合わせたり、必要に応じて手を握ったりしながら、再び患者に向き合うことができるようになる。ハシュミは、AIの導入によって人間同士のより強い結びつきを取り戻せることこそが、最も好ましい成果であると考えている。
ヘルスケア・イノベーションの進む先には、大きな課題も待ち受けている。その性質上、デジタルやAIを搭載したソリューションは膨大なデータを扱う。プライバシーやセキュリティへのリスクは依然として高い。主要モデルの精度が向上しているにもかかわらず、AIのハルシネーション(もっともらしい嘘を出力する現象)は医療現場において依然として大きな懸念事項だ。誤った医療アドバイスは深刻な結果を招きかねない。ハシュミは、自信たっぷりに間違った答えを出力するくらいなら、システムが「わかりません」と回答する方が望ましいと言う。
ロボットシステムや、より自律的なシステムが臨床環境に導入されるにつれ、適切な人間による監視と、介入する能力が不可欠であり続ける。
これらのリスクはすべて、医学界における不変の格言「何よりもまず、害をなすなかれ(first, do no harm)」を指し示している。AI搭載ヘルスケア・ソリューションの開発者や導入者は、この原則をその使命の核とすべきである。
最近のハシュミは、医師というよりもコンピュータ科学者のように見えるかもしれないが、彼の医療従事者としてのルーツは明白だ。彼の言葉を要約すれば、AIは医療という専門職に強力な計算能力をもたらすかもしれないが、その現場に人間性をもたらすのは人間なのだ。これは、知性の時代が幕を開ける中で、熟考に値する深い洞察である。



