「捨てる勇気」が生んだ画期的なUIと、バルク輸入の経済合理性
ワインの最大のハードルは、ラベルに並ぶフランス語やイタリア語で書かれた村名、畑、格付けといった難解な情報だ。「ビコーズワイン」が画期的だったのは、ワインを不必要に難しく見せる要素を削ぎ落とし、「必要な情報を直感的に伝えるUI」を徹底した点にある。
「ワインから自己紹介する」をテーマに商品名自体を「I'm Riesling from Germany(わたしの育ちはドイツ、品種はリースリングです)」などと自ら名乗る形にし、ラベルの表面にはそのワインから感じられる香りの要素(青りんごやレモン、ブラックペッパー、チョコレート、チェリー等)をイラスト化して配置した。一方で、ワイン愛好家が喜ぶような「ヴィンテージ(収穫年)」や詳細な「小地区名」は、たとえそれが売上につながる要素であっても、あえて記載しないというルールを徹底している。
この引き算の美学は、一般消費者だけでなく、人手不足に悩むBtoB(飲食店)の現場でも絶大なメリットをもたらした。現在、同ブランドの販売比率は飲食店6割、小売4割だという。ラベルを見るだけで味が直感的にわかるため、ソムリエが不在のカジュアルな店舗や、満席で説明に回れないピーク時でも、アルバイトスタッフが自信を持ってお勧めできる。飲食店のワイン売上向上に直結する「インフラ」としても機能しているのだ。
さらに、特筆すべきはそのビジネス構造だ。コストを下げるために、一箇所の産地で全品種を大量生産するのではなく、品種ごとに「理想の味」を表現できる世界の最適産地をわざわざ選定している。高品質と低価格を両立する鍵が、バルク輸入だ。現地のワインを液体のまま(バックインボックス状態)で輸入することで、1コンテナあたりの輸送量を通常の約3倍(32000本分)に増やし、輸送コストを劇的に削減。浮いたコストを原価(ブドウの品質)に還元し、日本国内(山梨県)でボトリングしている。
その裏で行われているのは、妥協のない味わいの設計だ。各品種について20〜30のエリアから原酒を集め、社長を中心としたテイスターチームが1ml単位でブレンドを調整しながら、目指す味わいをつくり上げている。この「価格以上のパフォーマンス」への執念こそが、ブランドの根幹を支えているのだ。
さらに、日常の中で気軽に楽しむための工夫はボトル以外にも及ぶ。オープナー不要のスクリューキャップを採用するほか、オリジナルグッズとしてステム(脚)のないグラスも展開。「僕自身も酔っ払って高価なグラスを割って悲しい思いをしたことが何度もあるので」と苦笑する吉田氏に、筆者も激しく同意した。ハレの日の緊張感ではなく、暮らしのそばでカジュアルにワインを開けるシーンが、こうした実体験ベースのプロダクトデザインにしっかりと落とし込まれている。
企業がコントロールを手放す。1000回を超えるファン主催イベント
ビコーズワインのもう一つの大きな特徴が、熱狂的な「自走型コミュニティ」の存在だ。2020年のコロナ禍で飲食店向けの販売がストップした際、Instagramで商品を楽しむユーザーの声を発見した吉田氏らは、「一方的な広告より、すでに楽しんでいる方の活動を応援しよう」とアンバサダー制度を開始した。
最初は1期20名からスタート。3ヶ月を1タームとし、毎週オンラインで集まり、前半30分は軽い学び、後半は飲み会という非常に密度の濃い時間を過ごした。驚くべきは、ファン自身が自主的にイベントを企画・開催する文化が育っていったことだ。企業側はこうしたファンの熱量に対し、一定のルールのもと、参加人数に応じてワインを協賛したり、グッズを提供・貸与したりすることで、その活動を後押しする伴走者に徹したのである。結果として、ファン自身が主催したイベントは累計1000回を突破。口コミで応募者が殺到し、最終的にアンバサダーは480名規模に拡大した。
さらに面白いことに、企業側がお願いしたわけでもないのに、アンバサダーたちが自発的にブランドを広めてくれる現象も起きた。「飲食店に食べに行った際に『ビコーズワインないんですか? 置いてくださいよ』と声をかけてくれたり、酒屋さんに勧めてくれたりするんです」。そんなファンたちからの自然なアプローチがきっかけで、実際に新規の取引先が増えていったという。 中にはアンバサダー同士で結婚したり、ファンから同社の社員になった者までいる。「コロナ禍でなかったら、もしかしたらこういう発想にならなかったかもしれない」と吉田氏は振り返る。
公式サイト「School of Wine」は商品のPRを前面に出さず、運営チームによる企画やコンテンツを通じて、ワインを楽しむきっかけや体験を届ける場としてリニューアルされた。アンバサダーたちが熱心に活動する理由を考えたとき、職場や自宅とは別の「もう一つの自分の居場所」になっていることに気づいたからだ。「学生時代の大好きなバイト先や部活、サークルのような、大人の青春を実現する場所」というコンセプトが、深く共感を呼んでいるのだ。ただし、ここでも絶妙な線引きがある。エンゲージメントの高いファンは全体から見ればごく一部のため、一般消費者を遠ざけないよう「熱狂的なファンの顔を直接出したり、自由に書き込めたりする掲示板のような設計」にはあえてしていない。コミュニティの熱量を内輪ノリにせず、あくまで公式メディアとしての体裁を保つことで、絶妙なバランスを保っている。


