ヘルスケア

2026.09.20 21:36

マシュマロテストの真実──試されていたのは子どもではなかった

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組織を立ち上げる前、私はある病院の幹部に、自分が作りたい医療機関の構想を説明した。しかし、彼はまともに耳を傾けようとはしなかった。そして、そんなアイデアは捨てて、実際に達成可能なことに集中しろと言い放った。

私は怒りを抱えてその場を立ち去り、その怒りを持ち続けた。それは有益な怒りだった。心身ともに消耗しているとき、「お前には無理だ」と言い放った人物の存在は、立ち上がるための尽きることのない原動力になる。

当時、私に分かっていなかったのは、彼が突きつけてきたのは「安易なノー」だったということだ。その手厳しい拒絶のせいで、私は誰も面と向かっては言わない「本気のノー」に対して耳が聞こえなくなっていた。礼儀正しく話を聞いてくれながらも寄付はしてくれないドナーたち。我が子の治療を他の病院で行うとすでに決めている家族たち。そして、地元の人なら誰もが口にするジョークだ。「ラスベガスで優れた医療を受けるには、どこに行けばいい? ──空港さ」

地域社会は、その病院幹部と同じ意味で私を疑っていたわけではない。ネバダの人々は以前にも専門医療を約束され、プログラムが発表されては消えていくのを見てきた。彼らは裏切られた記憶を抱えていたのだ。

この違いを理解するまでに、私は10年を要した。

誰もが誤解しているあの研究

誰もが「マシュマロテスト」を知っている。あるいは、知っているつもりになっている。子どもとマシュマロが用意され、15分間我慢できればもう1つのマシュマロがもらえる、というあの実験だ。ウォルター・ミシェル率いるスタンフォード大学の研究チームは、我慢できた子どもたちのほうが数年後により良い成果を収めたと報告し、この研究は「意志の強さ」に関する寓話として世に広まった。

非営利セクターはこの寓話を好む。なぜなら、私たちは「遅延報酬」を扱う業界だからだ。私たちの活動で、今四半期中に成果が出るものなど一つもない。毎年、約1万5000人の子どもや若者ががんと診断されているが、今治療を受けている子どもが生存率のデータに現れるのは20年後だ。そのため私たちはマシュマロの例を引き合いに出し、この仕事には特定の資質が必要であり、辛抱強さの欠如は人格的な欠陥であると主張してきた。

私も長年、そのように主張してきた。だが、その後、研究は先へ進んだ。

2018年、研究者たちがより規模が大きく多様なサンプルを用いてこの問題を再検証したところ、我慢することと将来の達成度との相関関係は、最初の研究で報告された値の約半分にとどまることが判明した。さらに、家庭環境や初期の認知能力を調整すると、その相関は3分の2縮小した。マシュマロテストが何を測定しているにせよ、それが人格をそのまま読み取る明瞭な指標ではないことは確かだ。

私が今でも思い返す重要な知見は、それより前に発表されている。2013年、セレステ・キッド率いる研究チームは、ある1点だけを変更してこのテストを実施した。マシュマロを見せる前に、研究者が子どもたちに2つの小さな約束をしたのだ。半数の子どもに対してはその約束を守り、残りの半数に対しては2回とも約束を破り、何も持たずに戻ってきた。

約束が守られると信じられた子どもたちは、平均12分間待つことができた。一方、同じ大人が2回も小さな約束を破るのを目撃した子どもたちは、3分しか待たなかった。子どもたち自身の資質は何も変わっていない。変わったのは、目の前にいる大人について学習した内容だけだった。

そして、どの組織にも「待たない」という決定を、根拠に基づいて下した人々がいるのではないだろうか。

すべての組織が「信頼できない大人」になってしまう理由

私自身もそんな大人だった。守れない約束をしたことがある。不注意からではない。どの約束も本気だった。しかし、それらの約束のほとんどは、成長があらゆることを可能に思わせる好調な時期に交わされたものだった。その後、苦しい時期がやってきた。

そこから得た教訓は、「もっと努力する」ことではなく、「約束を減らす」ことだった。信頼性とは、意図の問題ではない。すべてがうまくいかない年であっても、最後までやり遂げられることだけを口にすることだ。人々が待ってくれなかったのだとすれば、それは多くの場合、私たちが「待つべきではない」と彼らに教えてしまったからなのだ。

信頼は言葉ではなく「仕組み」で築くもの

ミシェルの研究で最も長く待つことができた子どもたちは、意志の力が強かったわけではない。彼らは、目の前のマシュマロが見えない状態に置かれたとき、見えているときの3倍近く長く待つことができた。彼らは過酷な状況を耐え忍んでいたのではなく、状況を「再構築」していたのだ。

組織もまた、構造を再構築することができるし、その余地は十分にある。調査では、56%の人々が非営利団体に高い信頼を寄せていると回答しており、これは他のどの機関よりも高い割合だが、慈善活動に対して同じように回答した人はわずか29%にとどまっている。組織における「待ち時間」を長くするための施策は、4歳児に効果のあった方法と驚くほどよく似ている。

• 誘惑を視界から遠ざける。成果が出るまでに時間のかかるプログラムの予算が毎サイクル再交渉の対象になるようでは、マシュマロをテーブルの上に放置しているのと同じだ。構造的に予算を保護しよう。

• 進捗を目に見える形にする。中間報告もなしに「5年後の成果」を約束するのは、相手に盲信を強いるようなものだ。先行指標を見つけ、それが都合の悪い数値であっても報告しよう。

• 失敗を公表する。何がうまくいかなかったのか、そしてその理由は何かを率直に語ることは、最も手軽に信頼を預け入れる方法だ。しかし、このプロセスはほぼ例外なく見過ごされている。

• 意図的に約束を減らす。好調な時期に何かを確約する前に、状況が悪化した場合にそれがどうなるかを自問しよう。

組織が耐え忍ぶ(待つ)ことができる能力は、こうしたバランスによって決まる。ミッションに掲げられた言葉や、合宿で語られたビジョンの響きの良さによって決まるわけでは「ない」。

待っているのが「家族」であるとき

ある家族は、私たちの存在があったからこそ、その場所にとどまった。父親は軍に勤務しており、子どもは希少疾患を抱えていた。転勤命令が出た際、彼は子どもをより医療環境の劣る場所へ連れて行くことを避け、基地にとどまれるよう掛け合ってくれた。彼らはそれから12年間、私たちのクリニックに通い続けている。

ほとんどの業界において、約束を破ることは金銭的な損失を意味する。しかし私たちの分野では、約束を信じて待った結果、何も得られなかった当事者は「家族」である場合があり、そこでは信頼性こそがすべてだ。これは忍耐についても言える。小児がんの5年生存率は、1970年代半ばの約58%から、現在では85%にまで向上している。大人が約束を守り続けるとき、待つことによって得られる成果がこれなのだ。

2種類の「ノー」

あの病院幹部は、今も別の役職で同じ地域にとどまっている。彼の「ノー」は私に10年間エネルギーを与えてくれたし、そのことを後悔はしていない。しかし、彼の言葉は、私が本当に向き合うべきだった「疑念を抱く人々」の心を動かす役には立たなかった。

怒りは、厳しい1年を乗り越えさせてくれるかもしれない。だが、地元での治療を約束されながら、それが一向に実現しないのを目の当たりにしてきた家族を支えることはできない。そうした人々が突きつける「ノー」は、議論で言いくるめられるようなものではなく、ただ実績を積み重ねていくことでしか解消できないのだ。私たちの活動は20年を迎えようとしており、昨年は8300人以上の患者を治療した。かつてなら、彼らの大半は治療のために地域を出なければならなかったはずの人々だ。

「やり抜く力(グリット)」は、たとえ気が進まないときでも、自分を行動へと駆り立てる。一方、「信頼性」は、他者に自分を信じて待ってもらうために必要なものだ。その両方が不可欠であり、そして自分の内面だけで完結するのは、そのうちの片方にすぎない。

問題は決して、どの子どもに人格が備わっているかではなかった。どの大人が信頼に値するか、だったのである。

forbes.com 原文

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