一部の従業員は、リーダーに真の共感力があるならば、課題が生じるたびに求められる基準(期待値)を調整すべきだと考えている。しかし、心理的安全性は、責任(アカウンタビリティ)を免除するために用意されたものでは決してない。
従業員は、話に耳を傾けてくれるリーダーを高く評価する。単に業務的な関係ではなく、親切で共感的で、気配りのできるリーダーである。従業員が上司に求めているのは、友人関係とまではいかなくとも、信頼と相互の敬意、時には憧れにも基づいたつながりである。
筆者はよく、「『ヒューマンリソース(人的資源)』のなかの『ヒューマン(人間)』を忘れてはならない」と言う。働く人々は、それぞれ異なる経験や課題、感情、ニーズを抱えた複雑な個人である。なかには、過去の職場でのトラウマによる影響を引きずっている人さえいるかもしれない。
しかし、従業員を複雑な人間として認識することと、すべての役割に責任、コミットメント、パフォーマンスへの期待が伴うという事実は別である。組織はそれらの期待が満たされることで前進し、満たされないときには停滞する。
罰ではなく、責任を果たすこと
心理的安全性とは、従業員が屈辱や報復を恐れることなく、声を上げ、未完成のアイデアを共有し、質問し、ミスを認め、懸念を提起できるような、安心感のある環境を作ることを指す。そこでは、恥をかかされたり報復されたりする恐れがない。人々に本音で話す許可を与えるものだ。しかし、意見の一致を保証したり、期待値をなくしたり、結果責任を免除したり、建設的なフィードバックを受けることから誰かを例外にしたりするものではない。
先日、ある従業員が自身の業務に影響を及ぼしている障害について、不満を漏らしていたとき、筆者は真剣に耳を傾けた。課題を認め、質問を投げかけ、追加のサポートを提供する手段を模索した。しかし、ミーティングが終わる前に本来のアジェンダに戻り、未完了になっているいくつかの成果物の進捗状況を確認し、当初の期限を改めて伝えた。
その人物は後日、筆者にこう言った。「ミーティングの始まりは良かったです。話を聞いてくれました。でも最後になって未完了の成果物の確認を求められ、私の話はもう聞いてもらえていないのだと感じました」
この反応に、筆者は立ち止まって考えさせられた。なぜなら、相手がどう受け止めるかが重要だからである。不満を感じ、圧倒され、サポートが得られていないと感じているとき、責任を問う会話は「切り捨てられた」ように感じられることがある。筆者にそのような意図は全くなかったが、リーダーとしては相手の受け止め方に注意を払い、メッセージがどう伝わっているかを考慮すべきである。
同時に、誰かの立場を理解することと、パフォーマンスに対するコミットメント(約束)を果たす責任を免除することとは同義ではない。
共感的な聞き手から、さらなる努力を促すコーチへと切り替わるプロセスは、唐突に感じられるかもしれない。しかし、それは共感や親切さ、あるいは心理的安全性から逸脱したわけではない。話を聞くことと、責任を問うことは、同じ会話のなかで両立し得る。
筆者はその従業員に対し、責任を問うことは罰ではないと説明した。サポートを提供し、障害を取り除き、必要に応じて支援する姿勢に変わりはない。それでも、やるべき仕事は完了させなければならないのである。
傾聴することと、同意することは違う
人事リーダーであり、職場文化の構築者である私たちは、従業員が何がうまくいっていないかを伝えてくるとき、注意深く耳を傾けるべきである。不満を理解するよう努め、正当な障害を認め、有意義なサポートを提供する必要がある。しかし、話を聞くことと同意することは同じではなく、共感があるからといって期待値が消えるわけではない。
相手を思いやったり、その境遇を理解していたりすると、つい耳の痛い話を避けてしまいがちである。しかし、是正を促さずに思いやるだけ、率直なフィードバックを与えずに話を聞くだけ、あるいはチームメンバーの力不足を代わりに埋め合わせ続けることが、本当に相手のためになるのだろうか。
優れたリーダーは、従業員の快適さだけでなく、人とミッション(使命)の両方をサポートする。実際、居心地の悪さは往々にして成長に不可欠な要素である。心理的に安全な職場とは、誰もがプレッシャーを感じない場所ではなく、屈辱や報復を恐れることなく、質問をし、ミスを認め、懸念を提起し、建設的なフィードバックを受け取ることができる場所なのだ。
最後に
筆者自身も、パフォーマンスの基準を下げることなく、相手をサポートし共感しながらも、いかに誠実で明確なメッセージを伝え、明確な期待値を示せるかという課題に悩むことがあった。
そこで学んだのは、真に共感的なリーダーシップは責任を排除しないということである。実際、心理的安全性と責任は、双方が共存して初めて最大の効果を発揮する。
心理的安全性は、従業員が課題について話し合い、ミスを認め、必要なときに助けを求める自信を与えるものであるべきだ。それが、パフォーマンス基準を形骸化させる理由になってはならない。



