「観察眼の鋭い地元住民は、外からやってきたどんな科学者よりも多くのことを知っている。常にそうだ。例外はない」
――ロジャー・ペイン(クジラ学者)
ロジャー・ペインがアルゼンチンのサン・ホセ湾に到着し、クジラの研究を始めたとき、彼は外部から来た専門家として申し分のない経歴を備えていた。コーネル大学の博士号、マッカーサー・フェローの受賞、そして1967年にザトウクジラが歌うことを発見したという輝かしい実績だ。
しかし、彼はこの上ない謙虚さを持って研究に臨んだ。著書『Among Whales(クジラの中で)』にこう記している。「観察眼の鋭い地元住民は、外からやってきたどんな科学者よりも多くのことを知っている。常にそうだ。例外はない」
彼の言いたかったのは、あらゆる事象は「中心」で起きているのであって、「周辺」で起きているのではないということだ。どれほど周辺から調査を重ねても、現場にいる人にしかわからない本質的な文脈(コンテキスト)を常に見落とすことになる。現在、世界で最も長期にわたるクジラの個体識別調査において、ペインはセミクジラが頭部にあるカロシティ(皮膚の硬化組織)によって個体識別できることを発見した。彼の研究は、マネジメントにおける重要な教訓を示している。
クジラの生態学が「EQ」にどう応用できるか
心の知能指数(EQ)とは、対人関係や目標達成、仕事における成果を高めるために、自分自身と他者の感情を認識し、理解し、コントロールする能力のことだ。これには以下の4つのコアスキルが含まれる。
- 自己認識:自分の感情が動いた瞬間にそれを認識し、自分の傾向を理解する能力。
- 自己管理:その認識を活用し、感情に流されて反応するのではなく、自分の行動を選択する能力。
- 社会的認識:他者の感情やニーズ、懸念を察知する能力。
- 関係構築能力:自分と他者の感情への認識を活かし、良好なやり取りを維持する能力。
ペインの研究は、クジラや科学だけでなく、人との関わり方にも当てはまる。周辺にいるだけではクジラのことを深く理解できないのと同様に、現場に足を運び、自ら動かなければ、他者の感情やニーズ、懸念を察知すること(社会的認識)はできない。自分がその場にいなければ、空気を読むことなど不可能なのだ。
これら社会的認識を含むEQの4つの領域すべてを向上させるために、心理学者はEQ自己診断テストを受けることを勧めている。
「他者の視点に立つこと」は機能しない。「他者の視点を得ること」こそが重要だ
2018年、タル・エヤルらの研究チームは、他者の視点に立って考えること(Perspective-Taking)が、相手の思考や感情をより正確に推測することにつながるかどうかを検証する25の実験を行った。その結果、そうではないことが判明した。自信は高まる一方で、正確性はむしろ低下していたのだ。実際に効果があったのは、相手を理解するために必要な情報を自ら直接得る「視点の獲得(Perspective-Getting)」だった。
例えば、研究者のアニタ・タッカーが、19の病院をランダムに割り当て、18カ月間にわたり「現場巡回マネジメント」プログラムを実施した。その結果、業務改善が見られた職場では、リーダーたちが解決しやすい問題の処理を優先して成功を収めていたことがわかった。言い換えれば、現場を歩き回ることで、リーダーは日常に転がっている明白な問題をその場で察知し、解決できたのだ。当たり前のように聞こえるが、実際にこれを行っているマネージャーがどれほどいるだろうか。
今すぐ実践できるEQ戦略:現場を歩く
ダグ・コナントはスニーカーを履いてキャンベル・スープのオフィス内を歩き回り、会う人すべてに「何か手伝えることはありませんか」と尋ねた。サム・ウォルトンは毎週のように自社店舗へ飛び、事前連絡なしに立ち寄っては、ドライバーの配送トラックに同乗したり、物流センターの夜勤スタッフと午前4時に朝食を共にしたりした。最前線で時間を過ごすリーダーは、より良好な関係を構築し、自身が関わる仕事の背景(文脈)を理解し、他のリーダーが見落としてしまうような問題を発見・解決することができる。
リーダーとして現場を歩くために活用できる、シンプルな6つのステップを紹介しよう。
- 普段なら立ち入る理由のない、実際に業務が行われている場所を1つ選ぶ。例えば、カスタマーサポートの対応現場、営業電話の現場、倉庫など。
- 少なくとも一度はそこを訪れる予定をカレンダーに入れる。
- 議題や発表事項を一切持たずに、その場に行く。
- 質問をする前に、まずは観察する。
- 1つか2つの質問をし、その部門の専門家(現場の担当者)のことを知り、相手の回答が長くなってもじっくりと耳を傾ける。
- もし可能であれば、そこで聞いた小さな問題を1つ解決する。
このフレーズを実践に移す
あなたと共に働くメンバーは、それぞれの専門領域における「観察眼の鋭い地元住民」だ。彼らは、顧客や業務プロセス、お互いの関係について、一般的な会議では報告されないような多くのことを知っている。だからこそ、現場に出向き、何が学べるか確かめてみよう。



