「バランス型」でいいじゃないか
ある時、カレンさんは気づいた。
自分は「いつか100に出会える」と期待し続けているから、苦しいのではないか。
「出会っちゃったみたいな感覚」を待ちつづけている。
でも、もしそれが来なかったら?
ずっと「自分はまだ本当にやりたいことを見つけていない」と思いつづけるのか?
カレンさんは決めた。
100を待ちつづけるのを、やめる。
「これだ!」に出会えることを期待するのを、やめる。
それは、諦めではなかった。むしろ、解放だった。一点突破型の人もいる。でも、自分は60を複数持つバランス型だ。それでいい。
そう信じられた瞬間、迷いが減った。100を持っている人を見ても、「自分とは違うタイプなんだ」と思えるようになった。
ひとつに絞らなければいけないというプレッシャーから解放された。
そして気づいたのは、バランス型には、バランス型なりの強さがあるということだった。ひとつが上手くいかなくても、方向転換しやすい。帰れる場所がいくつもある。
仕事がしんどいときは文章を書くことに救われる。文章に行き詰まれば、旅で気持ちを切り替えられる。
それぞれが独立しているようで、実は影響しあって活きてくる。
「これが、私が得意としてきた生き方なんだ」
考えてみれば、ずっとそうやって生きてきた。
複数のものを抱えながら、その都度バランスを取って、必要なら比重を変えて。それは中途半端ではなく、カレンさんが磨いてきたひとつの能力だった。
100を持つ人を羨ましがっていた頃は、その能力が見えなかった。
「絞れない自分」「突き抜けられない自分」というネガティブな輪郭でしか、自分を捉えられなかった。でも、100を待つのをやめた瞬間、同じ自分なのに違って見えた。実態は何も変わっていない。今も人材に関わる仕事をしながら、文章を書き、旅をして、人と話している。
「どの領域にも、自分の『好き』をすこしずつ差し込んでいけばいい。そう思えてからは、次に何をやろうかなって、楽しみのほうが大きいんです」
100の何かを探していた頃には、なかった感覚だった。100を探しつづけるという「自由」を手放す。「自分はバランス型」という「制約」を受け入れる。
それが、カレンさんが選んだ「ちょうどいい不自由」だった。



