CASE 01|未来の報酬をどう「自分ごと化」するか CFO出身の新社長が仕掛ける「腹落ち」戦略
2024年に、日本で初めて全従業員を対象とするオーナーシップ・プログラムを導入した武州製薬。未来の報酬の話を従業員にどう腹落ちさせるのか。26年6月に着任した新CEOに秘策を聞いた。
──KKRからオーナーシップ文化やオーナーシップ・プログラムの説明を受けたときの第一印象は。
森川哲也(以下、森川):KKRから、武州製薬は社員数が1750人ほどで、企業規模の面でもプログラムの導入先として最適だという話をもらった。米国ではすでに大きな成果を収めていたプログラムだったし、ぜひ導入したいと思った。
自分たちだけで法定外福利厚生を充実させていくことは状況的に非常に難しいが、オーナーシップ・プログラムなら、元手がなくても従業員に特別報酬を出すことができるかもしれない。従業員の頑張りで企業価値が上がれば上がるほど経済的なリターンが増えるし、事業計画を達成できなかったとしても従業員が損失を被ることはない。現場のやる気にもつながりうる。宝物を授かったような思いだった。
──現時点における支給対象者は誰で、支給額はいくらか。
森川:イグジットした時点で、株主であるKKRが得た利益の一部を、部長職よりも低い役職に就く管理職および非管理職の直接雇用社員全員に分配する。ビジネスが事業計画通りに進めば、従業員それぞれに給与の6カ月分くらいの賞与が支給される見通しだ。具体的な支給額は、支給時の職位(グレード)と勤続年数に応じて決まる。
──BEOP(Bushu Employee OwnershipProgram/武州製薬独自のプログラム名)の導入を伝えたときの従業員の反応は。
森川:2024年4月に実施した、全従業員参加型のキックオフミーティングは大いに盛り上がった。だが、翌日にはみんな自分の職場に戻って、いつもと同じ日常が始まった。しばらくたってからBEOPに関する質問を募集したところ、「いつ、いくらもらえるのか結局わからない」「ゴールまであとどのくらいなのか教えてほしい」といった声が上がった。従業員からすると、現実味がないのだろう。
──現実味があると感じてもらうために、どんな策を講じているのか。
森川:弊社では、従業員の多くが薬の製造ラインで仕事をしている。試行錯誤を繰り返すなかで、彼らの日々の業務が企業価値の向上に直結しているとイメージできるように伝えなくてはいけないと気づいた。
そこで、組合の年次総会など、多くの一般社員が集まる場で各社員の仕事と会社の方向性や注力分野との関係性、社会とのつながりを具体例とともに示すようにした。「ああ、そういうことか」「それなら自分にもエンゲージしていることがある」といった「腹落ち感」こそが大切だからだ。
25年11月からは、イントラネット上にBEOPに関する記事を投稿するという試みも始めた。「キックオフミーティングの時に『6カ月分くらいの賞与が出るかもしれない』という話があったことは、皆さん覚えていますよね」と書いたうえで、さまざまな部門の仕事と会社の事業計画がどう結びついているのかを具体的に説明している。この記事が、過去に例を見ないほどの閲覧数だった。実は皆、BEOPに興味があるのだとわかった。
自分の仕事の意義を社員一人ひとりが主体的に紡げるようになること。これこそがエンゲージメント、つまり「自分ごと化」だ。自分ごと化できるようになるためのコンテンツを頻繁に出すことで、従業員の意識が変わり、業務改善が進んだり生産性の向上がもたらされたりすることを期待している。
──BEOPの導入以降、エンゲージメントの向上や離職率の低下といった前向きな変化は見られるか。
森川:24年3月と25年11月に実施したエンゲージメント調査の結果を比較すると、全社員のエンゲージメントの総合点は3.02から3.12へと0.1ポイント上昇した。他方、スコアの上昇が顕著な部署もあれば、スコアが低下する部署もあるなど部署間で差があった。その理由はおおよそ把握できていて、スコアが低い部署には改善策を講じている。
離職率はプログラム導入前とほぼ変わらない。BEOPがきちんと認知されれば「この会社で長く働きたい」と考える従業員が増え、退職予防につながるはずだ。従業員にプログラムを理解してもらうための努力が足りていないと受け止めている。
──BEOP以外に、従業員のオーナーシップやエンゲージメントを高めるために取り組んでいることはあるか。
森川:会社の業績や予算と実績の差異、経営サイドの課題意識、今後の計画など、会社の状況を積極的に開示している。日次の出荷実績や日々の生産活動の進捗もタイムリーに共有するよう心がけている。
組織というのは、それぞれの人が職場で得た経験や観点をもち寄ったうえで会社が方向性を決定し、経営陣が決めたことを皆で実行するというのがあるべき姿だと思う。心理的安全性が担保された職場づくりを含め、すべての従業員の力を結集する仕組みをつくることが私の課題だ。自分が信じる経営のあり方を実践していきたい。
森川哲也|武州製薬代表取締役社長兼CEO
もりかわ・てつや◎新日本製鉄(現日本製鉄)やBig4会計事務所、外資系テクノロジー企業などのファイナンス責任者を歴任したのち、2017年に武州製薬に入社。上席執行役員経営管理本部長兼CFO、取締役副社長兼CFOを経て、26年6月から代表取締役社長兼CEO。
武州製薬◎1998年設立の医薬品受託製造開発専門企業。製薬企業向けに、医薬品の受託製造や、開発段階における治験薬の製造および製造条件の最適化など、製造・開発面における包括的なサービスを提供する。


