そして、今この街に集まるのは世界中の起業家たちだ。
ベルリン中部のミッテ地区、1万6000平方メートルの床面積をもつ、石造りの建物に2014年、グーグルの主導でスタートアップ製造工場「ファクトリー」が生まれた。ベルリンの壁の跡のすぐそばに建つこのビルの窓から、1960年代には旧東ドイツ警察が、自由を求め西側に逃亡する市民を射殺する現場が見えた。
数十年が経過した今、ファクトリーは「欧州のシリコンバレー」の異名をとるベルリンのスタートアップの象徴となった。ウーバーやツイッター、音楽配信サイト「サウンドクラウド」などの大手が拠点を構え、コワーキングスペースに集う起業家は約800人。シリコンバレーのIT企業にならい“キャンパス”と呼ばれるオフィスの壁面にはギターが飾られ、ミレニアル世代の若者たちがMacBookのキーボードを叩く。
ファクトリーでCRO(チーフ・リレーションシップ・オフィサー)を務めるニクラス・ロールヴァッハーは旧東ドイツのライプチヒで88年に生まれた。
「壁が崩壊した時の話を両親から聞かされて育った。全てが監視下に置かれる自由の無い世界が、ある日突然西側に開かれ、とてつもない変化が始まった。情報と人がカオスのように押し寄せる渦の中で自分は育ってきた」
ベルリンに拠点を置くスタートアップ企業は現在約2500社。08年と比較するとデジタル系企業の雇用は70%増加した。一昨年ベルリンのスタートアップが調達した資金は24億ユーロ(約2900億円)に及び、ロンドンやストックホルム、パリの3都市の合計を上回った。ベルリンにはこの街ならではの「世界を変えていくパワー」があるという声は高い。
起業家のための会員制クラブ
自身も2つのスタートアップ企業の経営を経てファクトリーの運営チームに加わったニクラスは地元の高校を卒業後、ベルリンの演劇学校エルンスト・ブッシュに進み、舞台俳優としても活躍した。
「卒業間際に友達とふつうの会社員にはなりたくないと話していた。会社を立ち上げることを決め、お互いのアイデアを出し合った。ネットワークイベントにも顔を出し、投資家たちともミーティングを重ねた。そうやって生まれたのがメンターという目標管理アプリだった」
2番目の会社を立ち上げた頃にファクトリーの運営者から誘いを受けた。
「自分の役割はファクトリーの外務大臣。いろんなカンファレンスに顔を出し、自分たちが何をやっているのかを説明する。起業家と外部企業をつなぐ役割もある」
ファクトリーの機能を一言で言うと“起業家のための会員制クラブ”ということになる。入会審査を通過し、毎月約55ドルの会費を払えばコワーキングスペースやミーティングルーム、イベント等へのアクセスが可能になる。業界の大物を招いたカンファレンスも定期的に開催され、ウーバーのトラビス・カラニックCEOや、グーグルX創業者のセバスチャン・スランといったシリコンバレーの著名人の講演も聴ける。16年9月にはYコンビネータを招いた資金調達セミナーも開催した。