Forbes JAPAN SMALL GIANTSでは、全国の自治体が行う施策と包括的に協力するため、連携協定を結んでいる。本連載では、そんな各地の庁“舎”から見える、リアルな取り組みと事業の成果を、定点観測していく−
第1回は、神戸市の経済観光局経済政策課から。
神戸市の産業政策といえば、スタートアップ支援を思い起こす人も多いかもしれません。
もちろんその支援は引き続き強力に推し進めつつ、2021年から本格的に取り組みを始めたのが、地域産業のイノベーション創出支援です。
その中核に位置づけられるのが「プロジェクト・エングローブ」。中小企業のイノベーション創出をESG推進とあわせて行うことにより、22世紀に残る持続性のあるビジネス創造に取り組むラボ型のプログラムとなっています。
このプログラムの特徴点・狙いとしては2つあります。
1点目は、自治体が主催するイノベーション創出プログラムにESGの考え方を取り入れること。ESGを推進することで、ビジネス創造の主体となる企業だけでなく、ステークホルダーや関連する産業の持続性を高める波及効果まで期待しています。
2点目は、市内企業に伴走して新しい事業を生み出す「クリエイティブパートナー」を募集すること。市内企業とクリエイティブパートナーによる混成チームを編成したうえで、約半年間にわたる事業領域の探索に取り組みます。
これまでに参加したクリエイティブパートナーには、九州の山の中にあるデザイン事務所のアートディレクター、大手企業に所属するデザイナー、コミュニケーションデザインを研究する大学院生など、得意とする領域や立場・実績も多種多様な人材が参画しています。そのような人材を呼び込み、神戸で活躍する足がかりにしてもらいたいというのが狙いです。
「プロジェクト・エングローブ」は、そのクリエイティブパートナーが、中小企業が持つ歴史・資源・優れた技術の棚卸しやパーパスの設定を通じて、自分たちの技術を活用してどのように社会に貢献できるのか、ともに議論しながら「地域産業ならではの持続的な付加価値」を導き出すというもの。チーム編成直後は各チーム戸惑いを見せながらも、次第に市内企業経営者の熱量にも応えるように、クリエイティブパートナーが経営者の内に秘める想いや課題を引き出し、言語化が進んでいきます。
参加した経営者の一人である旭光電機株式会社の和田 貴志さんは、センサー技術を用いたCO2排出量を視覚的に把握できる仕組みづくりという事業構想にたどり着きました。旭光電機は、産業用センサー及びコントローラーの開発、設計、製造が得意分野。近赤外線自動ドア用センサーを世界に先駆けて開発して以来、食品・医療・ロボット等の様々な分野で独創のセンサー技術とコントロール技術を展開し、安全で快適な社会の実現に貢献されています。
▼旭光電機取材記事はこちら
Forbes JAPAN SMALL GIANTS Files vol.1―生ビールから人工衛星まで センシング技術でネクストドアを開く―旭光電機(神戸)
その強みを活かし、中小製造業のCO2排出量算定・可視化システム導入に係るコスト負担、ネットワーク構築の負担、データ活用に必要な人材の負担問題を解決したいと、兵庫県工業技術センターと共同で3か年の研究開発計画を立案し、中小企業庁・Go-Tech事業に認定申請を行い、見事採択されています。その情熱は加速の一途をたどり、2022年度中にプロトタイプを制作し、2023年度中のサービス化を目指すとのこと。この事業構想にたどり着くまでに、クリエイティブパートナーから得た「フラット」「差別なく」という視点・考え方が大きく影響していると和田さんは話します。また、「あるクリエイティブパートナーは『エングローブ』を機に神戸で活動を始めたいとのことで、継続的に関係を持っていきたいと思っています。」と、着実に前を見据えています。
テーマをESGとしているだけあって、アプローチやアプトプットも多種多様。
有限会社ジョイコーノの河野由季さん・亜季さん姉妹は独自の路線で新たな価値創出に挑んでいます。ジョイコーノはアパレルの企画・開発・販売、総合衣料のECサイトを運営。一方、「エングローブ」では、パーキンソン病当事者の方々や家族が生きる力を取り戻す場を提供し、互助する当事者施設「プラトーハウス&ラボ」を立ち上げ、病に関わりのない人が参画することで、病を抱えた人々の社会的孤立を減らし、誰もが彩り豊かに生き合う社会を作るという事業構想にたどり着きました。それを機動的に実現するため、2022年6月に「NPO法人てんびん」を立ち上げ、直後の8月には当事者の方との協働で初のチャリティーイベントを実施。パーキンソン病の方を主人公とするドキュメンタリー短編アニメーション映画制作も進行中です。「エングローブ」参加当初はおぼろげだった河野姉妹の想いが、プログラムを通じて洗練され、気迫すら感じるほどの実現力で突き進んでいます。2023年7月には、スペイン・バルセロナで開催される世界パーキンソン病大会に協力団体として参加し、プロジェクトの実証実験・映画作品上映を行う予定。この河野姉妹の想いや構想に共感し、当初旭光電機チームのクリエイティブパートナーとして参加していたコミュニケーションデザインを研究する大学院生がプロジェクトに参加し、ともに思い描く社会の実現に取り組んでいます。
「Forbes JAPAN SMALL GIANTS」との事業連携にあたり、インタビューを受けた久元喜造・神戸市長は「神戸の街を元気にしていくには?」という問いに、このように答えています。「神戸の外からクリエイティブな人材にどんどん来ていただきたい。神戸は開港してから海外から新しい風習や食習慣、新しい発想を持つ人々が集まってきた街。外から色々なものが入り、新しいものを生み出してきた神戸の良さを大切にして、これを磨いていく。」
▼神戸市長取材記事はこちら
神戸市長が語る、対話から生まれた「ヒューマンセントリック」なまちとは ―Governor’s Voice vol.1―
「プロジェクト・エングローブ」では、まさにそれを体現するチャレンジです。ポテンシャルと挑戦意欲を秘めた企業が神戸にはたくさんいて、それらの企業とクリエイターがコラボしやすい環境が神戸にはある。神戸には面白い仕事と可能性がある。全国のクリエイターにそんなイメージを持ってもらうことで、人材や資本の好循環を生み出していくことが狙いなのです。加えて、神戸は自然環境に恵まれた街。六甲山の遊休化された保有地や別荘がオフィスやコワーキングスペースに代わりつつあり、内外から創造的な人材を引き付ける受け皿になろうとしています。
令和4年度も、観光・交通・製造・土木建設・小売といった多様な業界から5社が参加し、新事業構想の策定に向けて、クリエイティブパートナーとともに走り出しています。1期生の社会実装に加えて、2期生からどのような事業構想が生まれるのか、今後の展開にぜひ注目いただきたいです。
今回の寄稿者:長井 伸晃(ながい・のぶあき)
神戸市経済観光局経済政策課担当係長(都市型創造産業担当)。
地域産業のイノベーション創出を担当。シェアリングエコノミー伝道師、神戸大学非常勤講師なども務める。地方公務員アワード2019受賞。著書に『自治体×民間のコラボで解決!公務員のはじめての官民連携』
第1回は、神戸市の経済観光局経済政策課から。
神戸市の産業政策といえば、スタートアップ支援を思い起こす人も多いかもしれません。
もちろんその支援は引き続き強力に推し進めつつ、2021年から本格的に取り組みを始めたのが、地域産業のイノベーション創出支援です。
その中核に位置づけられるのが「プロジェクト・エングローブ」。中小企業のイノベーション創出をESG推進とあわせて行うことにより、22世紀に残る持続性のあるビジネス創造に取り組むラボ型のプログラムとなっています。
このプログラムの特徴点・狙いとしては2つあります。
1点目は、自治体が主催するイノベーション創出プログラムにESGの考え方を取り入れること。ESGを推進することで、ビジネス創造の主体となる企業だけでなく、ステークホルダーや関連する産業の持続性を高める波及効果まで期待しています。
2点目は、市内企業に伴走して新しい事業を生み出す「クリエイティブパートナー」を募集すること。市内企業とクリエイティブパートナーによる混成チームを編成したうえで、約半年間にわたる事業領域の探索に取り組みます。
これまでに参加したクリエイティブパートナーには、九州の山の中にあるデザイン事務所のアートディレクター、大手企業に所属するデザイナー、コミュニケーションデザインを研究する大学院生など、得意とする領域や立場・実績も多種多様な人材が参画しています。そのような人材を呼び込み、神戸で活躍する足がかりにしてもらいたいというのが狙いです。
「プロジェクト・エングローブ」は、そのクリエイティブパートナーが、中小企業が持つ歴史・資源・優れた技術の棚卸しやパーパスの設定を通じて、自分たちの技術を活用してどのように社会に貢献できるのか、ともに議論しながら「地域産業ならではの持続的な付加価値」を導き出すというもの。チーム編成直後は各チーム戸惑いを見せながらも、次第に市内企業経営者の熱量にも応えるように、クリエイティブパートナーが経営者の内に秘める想いや課題を引き出し、言語化が進んでいきます。
参加した経営者の一人である旭光電機株式会社の和田 貴志さんは、センサー技術を用いたCO2排出量を視覚的に把握できる仕組みづくりという事業構想にたどり着きました。旭光電機は、産業用センサー及びコントローラーの開発、設計、製造が得意分野。近赤外線自動ドア用センサーを世界に先駆けて開発して以来、食品・医療・ロボット等の様々な分野で独創のセンサー技術とコントロール技術を展開し、安全で快適な社会の実現に貢献されています。
▼旭光電機取材記事はこちら
Forbes JAPAN SMALL GIANTS Files vol.1―生ビールから人工衛星まで センシング技術でネクストドアを開く―旭光電機(神戸)
その強みを活かし、中小製造業のCO2排出量算定・可視化システム導入に係るコスト負担、ネットワーク構築の負担、データ活用に必要な人材の負担問題を解決したいと、兵庫県工業技術センターと共同で3か年の研究開発計画を立案し、中小企業庁・Go-Tech事業に認定申請を行い、見事採択されています。その情熱は加速の一途をたどり、2022年度中にプロトタイプを制作し、2023年度中のサービス化を目指すとのこと。この事業構想にたどり着くまでに、クリエイティブパートナーから得た「フラット」「差別なく」という視点・考え方が大きく影響していると和田さんは話します。また、「あるクリエイティブパートナーは『エングローブ』を機に神戸で活動を始めたいとのことで、継続的に関係を持っていきたいと思っています。」と、着実に前を見据えています。
撮影:Life Journey Inc.
テーマをESGとしているだけあって、アプローチやアプトプットも多種多様。
有限会社ジョイコーノの河野由季さん・亜季さん姉妹は独自の路線で新たな価値創出に挑んでいます。ジョイコーノはアパレルの企画・開発・販売、総合衣料のECサイトを運営。一方、「エングローブ」では、パーキンソン病当事者の方々や家族が生きる力を取り戻す場を提供し、互助する当事者施設「プラトーハウス&ラボ」を立ち上げ、病に関わりのない人が参画することで、病を抱えた人々の社会的孤立を減らし、誰もが彩り豊かに生き合う社会を作るという事業構想にたどり着きました。それを機動的に実現するため、2022年6月に「NPO法人てんびん」を立ち上げ、直後の8月には当事者の方との協働で初のチャリティーイベントを実施。パーキンソン病の方を主人公とするドキュメンタリー短編アニメーション映画制作も進行中です。「エングローブ」参加当初はおぼろげだった河野姉妹の想いが、プログラムを通じて洗練され、気迫すら感じるほどの実現力で突き進んでいます。2023年7月には、スペイン・バルセロナで開催される世界パーキンソン病大会に協力団体として参加し、プロジェクトの実証実験・映画作品上映を行う予定。この河野姉妹の想いや構想に共感し、当初旭光電機チームのクリエイティブパートナーとして参加していたコミュニケーションデザインを研究する大学院生がプロジェクトに参加し、ともに思い描く社会の実現に取り組んでいます。
「Forbes JAPAN SMALL GIANTS」との事業連携にあたり、インタビューを受けた久元喜造・神戸市長は「神戸の街を元気にしていくには?」という問いに、このように答えています。「神戸の外からクリエイティブな人材にどんどん来ていただきたい。神戸は開港してから海外から新しい風習や食習慣、新しい発想を持つ人々が集まってきた街。外から色々なものが入り、新しいものを生み出してきた神戸の良さを大切にして、これを磨いていく。」
▼神戸市長取材記事はこちら
神戸市長が語る、対話から生まれた「ヒューマンセントリック」なまちとは ―Governor’s Voice vol.1―
「プロジェクト・エングローブ」では、まさにそれを体現するチャレンジです。ポテンシャルと挑戦意欲を秘めた企業が神戸にはたくさんいて、それらの企業とクリエイターがコラボしやすい環境が神戸にはある。神戸には面白い仕事と可能性がある。全国のクリエイターにそんなイメージを持ってもらうことで、人材や資本の好循環を生み出していくことが狙いなのです。加えて、神戸は自然環境に恵まれた街。六甲山の遊休化された保有地や別荘がオフィスやコワーキングスペースに代わりつつあり、内外から創造的な人材を引き付ける受け皿になろうとしています。
令和4年度も、観光・交通・製造・土木建設・小売といった多様な業界から5社が参加し、新事業構想の策定に向けて、クリエイティブパートナーとともに走り出しています。1期生の社会実装に加えて、2期生からどのような事業構想が生まれるのか、今後の展開にぜひ注目いただきたいです。
今回の寄稿者:長井 伸晃(ながい・のぶあき)
神戸市経済観光局経済政策課担当係長(都市型創造産業担当)。
地域産業のイノベーション創出を担当。シェアリングエコノミー伝道師、神戸大学非常勤講師なども務める。地方公務員アワード2019受賞。著書に『自治体×民間のコラボで解決!公務員のはじめての官民連携』