地域に根差しながら、先進的な技術・サービスや独自の取り組みで未来を切り拓く「小さくても偉大」な存在―スモール・ジャイアンツ―は全国に存在している。Forbes JAPAN SMALL GIANTS FilesはForbes JAPAN SMALL GIANTSプロジェクトメンバーが全国を回り、今後、よりスケールしていくであろう団体や企業、取り組みを発掘・紹介していくシリーズだ。本プロジェクトを通し、スモール・ジャイアンツならではの勝ち筋を探っていく。
技術資産と創発のインスピレーションが融合するとき
「ここ、神戸に来るまで新幹線に乗ってきたなら、私たちの製品がお役に立てているでしょう。車両間でスムーズに開く自動ドアには、旭光電機のセンサーが大きな役割を果たしています。それは、新人技術者の私が35年前に原理を考案し、開発した近赤外線反射型センサー。テレビリモコンと同じ赤外線を床面に照射し、人が立った時の光量の変化を感知するものです。きめ細やかな制御と安全性を評価いただき、私たち旭光電機の自動ドア用センサーは東海道、山陽新幹線でシェア100%です」
落ち着いたトーンで話すのは、同社の技術部門を統括する和田貴志だ。このセンサーに代表される高度な技術を基盤に、新たな領域へとつながるドアを開いてきた。1947年に創業し、1952年に法人として始動。自動ドア用のセンサーは同社が日本で初めて開発したものだ。以降鉄道、船舶の電装品を主軸に業務を拡大してきた。70年以上も培ってきた電子・電機技術の資産はセンシング技術に結実。IoT、ロボット、機械学習などに転用しつつある。
自動ドア用センサーを語る和田の後に続き、さらなる技術を求めてラボに足を向けた。目に留まったのはシズル感のある白い泡だ。これは、飲食店におかれているビールサーバーか……?
「アサヒビールとの協創で取り組んできた、ビールサーバー用周辺機器です。たとえば、この樽切れビールストッパーです。生ビール用のサーバーはセットしている樽が空になると圧力がかかって液が噴き出し、最後の一杯がうまく注げなかったり、周囲に生ビールが飛び散ってしまったりします。現場の課題を解決すべく、私たちは樽内の液切れをセンサーで察知し、噴出を止める『ビールストッパー』を開発したのです」
サーバーからビールが噴き出すリスクを抑えるのは、新幹線の自動ドアと同じ近赤外線反射型センサー。培ってきたセンシング技術で液切れを察知する。しかし、自動ドアの開閉機構と同様、サーバーにもビールの流れを止めるメカニズムが必要だ。しかし、この機構の開発が難題だった。工場などの生産機器であれば金属弁の採用で事足りるが、当該パーツは飲食店向けである。金属部品が味に影響したり、サーバーに必須なチューブ清掃の障害になったりすることが懸念される。和田ら、開発チームは試行錯誤する日々が続いた。
ある休日のことだ。愛車の洗車に没頭する和田。気がつくと、ホースの流水が止まっていた。何だ、ホース状のものが折れ曲がる「キンク」だな。やれやれ……エンジニアの性分か、事象を分析しながら独りごちた和田の脳裏で、ホースのキンクと生ビールサーバーの課題がピタリとはまった。
「この仕組みは使える! チューブを折り曲げることでビールの流れを止められる、という気づきが得られました。耐久性を保つチューブ素材の選定は課題でしたが、アサヒビール、素材メーカーと情報共有し、最適なチューブ素材が見つかりました。こうして数年単位の長期使用に耐え得るチューブを備えた機器が完成。『ハッピーエンド君』として飲食店の現場で活躍しており、2009年の発売から13万台以上を出荷しています。突然のビール噴き出しが防げるため、アルバイトスタッフでも手軽に生ビールサーバーが扱えるようになりましたし、樽を最後の一杯まで提供できることから、利用飲食店には年間で約30万円以上のロスカットをもたらしています。」
和田らの試行錯誤が『ハッピーエンド君』という製品に結実してから十数年。イノベーションが活発なビール業界にあり、ビールストッパーはいまだ旭光電機の製品しか存在していない。ブルーオーシャンを悠々と進む中で協創はさらに続いており、ビールの注ぎ出し、泡付けをオートマティックにできる後付機器『スマートオート』、ビールサーバー用冷却制御機器などを次々とリリース。さらに現在、現場に革命をもたらす機器の開発も進んでいるという。
鉄道、船舶といた重厚長大な領域に信頼の置ける電装品を繰り出しつつ、飲食店用ビールサーバー周辺機器という異なる領域の用途を開発。その秘訣は、「そんなところに注目するのか?」と思うほどの「ラスト1インチの課題解決に集中する能力」と言っていいただろう。ビールサーバーの最後の一杯は捨てざるをえないという常識を覆す細やかな課題解決力。この課題を発見して解決する力で、市場での競争優位性を確立したのだ。
中小企業のものづくりを応援したい
「電力使用量、CO2発生量などを計測したり、エアコンなどの機器のオン・オフ操作、窓やドアの開閉状態の確認などをセンサーでワンストップに管理できたりするスマートハウスの取り組みも進めています。IoTによってさまざまなデータを計測し、製造や日常生活に生かせるようになってきました。私たちは企業、そして個人の生産性向上や効率化、CO2削減などにつなげ、モチベートできる仕組みづくりにも力を入れています」
センサー、メカニックの技術を両輪で進めることで、近未来のスマートハウスを支える基盤技術も整ってきた。和田が力を入れるのが、製造現場におけるIoTの支援だという。「スマートファクトリー」というキーワードに象徴されるように、生産ラインの業務効率化、可視化は製造業にとって喫緊の課題。設備機器が出すさまざまなデータを現場で集計、分析することで生産性の向上、業務改善につなげていく。
機器をつぶさにセンシングし、ネットワークする。まさに旭光電機の技術資産が存分に発揮される領域だろう。しかし、和田がバックアップするのは先端機器が導入されたハイテク生産ラインではない。「枯れた技術」である。枯れたというとネガティブなイメージがあるかもしれないが、そうではない。長い年月を経て磨き抜かれた技術には信頼性の高さがある。この枯れた資産をDX化するといえばわかりやすいだろう。和田は「キーワードはレトロフィットです」という。
「レトロフィットとは、生産工場の既存設備にフィットするIoTデバイスということです。スマートファクトリーという潮流があっても、IoTに対応するために機器設備のアップデートするほどの余裕はない。それが中小製造企業の現実でしょう。だったら、今までの機器を大切に使いつつ、スマート化が進められないか――その思いから開発したのが『スマートフィットプロ』『シグナルック』といったIoT機器。無線通信モジュールを備えており、ソフトがインストール済なのですぐに使えます。
DXを進め、CO2排出量削減に配慮したいと考える中小企業は多いですが、導入コストやDXに通じたメンバーの配置などを考え、二の足を踏んでいるメーカーが多いのが現実です。私たち旭光電機もそうですが、日本のものづくりは中小企業が支えています。そうした現場の課題を何とか解決したい。その思いが私たちを走らせています」
センシング技術、開発力は世界をリードするほど高度なものだ。JAXAの要請を受けて撮像装置を開発。超高速で飛ぶ人工衛星からブレることなく鮮明な映像を撮影できるTDI(Time Delay Integration)、小型高分解能光学センサーなどを提供している。人との協調作業を安全に支援するロボット用センサーなど、高度な製品を次々に繰り出す。
和田をはじめとする開発陣の眼差しは常に中小企業に向き、日本のものづくりの現場の一隅を照らし続ける。神戸は伝統の技が息づく地場産業、大阪など大消費地の後背地というロケーションを生かした食品、ファッション関連産業が集積してきた。そして、最もプレゼンスを持つのが、ものづくりの根幹を担う基幹技術の工場群である。旭光電機は「未来の製造現場の水先案内人」として、新時代の針路を指し示していく。
和田貴志(わだ・たかし)1962年、神戸市生まれ。1986年に旭光電機に入社し、技術部に配属。考案した自動ドア用近赤外線センサー「パルサーチ」は業界のスタンダードになった。2004年に現職。産業機器用電装品、ロボット、宇宙関連など、さまざまな電装品の開発を指揮している。
技術資産と創発のインスピレーションが融合するとき
新たな領域につながるネクストドアが開く
「ここ、神戸に来るまで新幹線に乗ってきたなら、私たちの製品がお役に立てているでしょう。車両間でスムーズに開く自動ドアには、旭光電機のセンサーが大きな役割を果たしています。それは、新人技術者の私が35年前に原理を考案し、開発した近赤外線反射型センサー。テレビリモコンと同じ赤外線を床面に照射し、人が立った時の光量の変化を感知するものです。きめ細やかな制御と安全性を評価いただき、私たち旭光電機の自動ドア用センサーは東海道、山陽新幹線でシェア100%です」
落ち着いたトーンで話すのは、同社の技術部門を統括する和田貴志だ。このセンサーに代表される高度な技術を基盤に、新たな領域へとつながるドアを開いてきた。1947年に創業し、1952年に法人として始動。自動ドア用のセンサーは同社が日本で初めて開発したものだ。以降鉄道、船舶の電装品を主軸に業務を拡大してきた。70年以上も培ってきた電子・電機技術の資産はセンシング技術に結実。IoT、ロボット、機械学習などに転用しつつある。
自動ドア用センサーを語る和田の後に続き、さらなる技術を求めてラボに足を向けた。目に留まったのはシズル感のある白い泡だ。これは、飲食店におかれているビールサーバーか……?
「アサヒビールとの協創で取り組んできた、ビールサーバー用周辺機器です。たとえば、この樽切れビールストッパーです。生ビール用のサーバーはセットしている樽が空になると圧力がかかって液が噴き出し、最後の一杯がうまく注げなかったり、周囲に生ビールが飛び散ってしまったりします。現場の課題を解決すべく、私たちは樽内の液切れをセンサーで察知し、噴出を止める『ビールストッパー』を開発したのです」
サーバーからビールが噴き出すリスクを抑えるのは、新幹線の自動ドアと同じ近赤外線反射型センサー。培ってきたセンシング技術で液切れを察知する。しかし、自動ドアの開閉機構と同様、サーバーにもビールの流れを止めるメカニズムが必要だ。しかし、この機構の開発が難題だった。工場などの生産機器であれば金属弁の採用で事足りるが、当該パーツは飲食店向けである。金属部品が味に影響したり、サーバーに必須なチューブ清掃の障害になったりすることが懸念される。和田ら、開発チームは試行錯誤する日々が続いた。
ある休日のことだ。愛車の洗車に没頭する和田。気がつくと、ホースの流水が止まっていた。何だ、ホース状のものが折れ曲がる「キンク」だな。やれやれ……エンジニアの性分か、事象を分析しながら独りごちた和田の脳裏で、ホースのキンクと生ビールサーバーの課題がピタリとはまった。
「この仕組みは使える! チューブを折り曲げることでビールの流れを止められる、という気づきが得られました。耐久性を保つチューブ素材の選定は課題でしたが、アサヒビール、素材メーカーと情報共有し、最適なチューブ素材が見つかりました。こうして数年単位の長期使用に耐え得るチューブを備えた機器が完成。『ハッピーエンド君』として飲食店の現場で活躍しており、2009年の発売から13万台以上を出荷しています。突然のビール噴き出しが防げるため、アルバイトスタッフでも手軽に生ビールサーバーが扱えるようになりましたし、樽を最後の一杯まで提供できることから、利用飲食店には年間で約30万円以上のロスカットをもたらしています。」
和田らの試行錯誤が『ハッピーエンド君』という製品に結実してから十数年。イノベーションが活発なビール業界にあり、ビールストッパーはいまだ旭光電機の製品しか存在していない。ブルーオーシャンを悠々と進む中で協創はさらに続いており、ビールの注ぎ出し、泡付けをオートマティックにできる後付機器『スマートオート』、ビールサーバー用冷却制御機器などを次々とリリース。さらに現在、現場に革命をもたらす機器の開発も進んでいるという。
鉄道、船舶といた重厚長大な領域に信頼の置ける電装品を繰り出しつつ、飲食店用ビールサーバー周辺機器という異なる領域の用途を開発。その秘訣は、「そんなところに注目するのか?」と思うほどの「ラスト1インチの課題解決に集中する能力」と言っていいただろう。ビールサーバーの最後の一杯は捨てざるをえないという常識を覆す細やかな課題解決力。この課題を発見して解決する力で、市場での競争優位性を確立したのだ。
中小企業のものづくりを応援したい
「レトロフィット」の価値観で工場のIoTを支援
「電力使用量、CO2発生量などを計測したり、エアコンなどの機器のオン・オフ操作、窓やドアの開閉状態の確認などをセンサーでワンストップに管理できたりするスマートハウスの取り組みも進めています。IoTによってさまざまなデータを計測し、製造や日常生活に生かせるようになってきました。私たちは企業、そして個人の生産性向上や効率化、CO2削減などにつなげ、モチベートできる仕組みづくりにも力を入れています」
センサー、メカニックの技術を両輪で進めることで、近未来のスマートハウスを支える基盤技術も整ってきた。和田が力を入れるのが、製造現場におけるIoTの支援だという。「スマートファクトリー」というキーワードに象徴されるように、生産ラインの業務効率化、可視化は製造業にとって喫緊の課題。設備機器が出すさまざまなデータを現場で集計、分析することで生産性の向上、業務改善につなげていく。
機器をつぶさにセンシングし、ネットワークする。まさに旭光電機の技術資産が存分に発揮される領域だろう。しかし、和田がバックアップするのは先端機器が導入されたハイテク生産ラインではない。「枯れた技術」である。枯れたというとネガティブなイメージがあるかもしれないが、そうではない。長い年月を経て磨き抜かれた技術には信頼性の高さがある。この枯れた資産をDX化するといえばわかりやすいだろう。和田は「キーワードはレトロフィットです」という。
「レトロフィットとは、生産工場の既存設備にフィットするIoTデバイスということです。スマートファクトリーという潮流があっても、IoTに対応するために機器設備のアップデートするほどの余裕はない。それが中小製造企業の現実でしょう。だったら、今までの機器を大切に使いつつ、スマート化が進められないか――その思いから開発したのが『スマートフィットプロ』『シグナルック』といったIoT機器。無線通信モジュールを備えており、ソフトがインストール済なのですぐに使えます。
DXを進め、CO2排出量削減に配慮したいと考える中小企業は多いですが、導入コストやDXに通じたメンバーの配置などを考え、二の足を踏んでいるメーカーが多いのが現実です。私たち旭光電機もそうですが、日本のものづくりは中小企業が支えています。そうした現場の課題を何とか解決したい。その思いが私たちを走らせています」
センシング技術、開発力は世界をリードするほど高度なものだ。JAXAの要請を受けて撮像装置を開発。超高速で飛ぶ人工衛星からブレることなく鮮明な映像を撮影できるTDI(Time Delay Integration)、小型高分解能光学センサーなどを提供している。人との協調作業を安全に支援するロボット用センサーなど、高度な製品を次々に繰り出す。
和田をはじめとする開発陣の眼差しは常に中小企業に向き、日本のものづくりの現場の一隅を照らし続ける。神戸は伝統の技が息づく地場産業、大阪など大消費地の後背地というロケーションを生かした食品、ファッション関連産業が集積してきた。そして、最もプレゼンスを持つのが、ものづくりの根幹を担う基幹技術の工場群である。旭光電機は「未来の製造現場の水先案内人」として、新時代の針路を指し示していく。
和田貴志(わだ・たかし)1962年、神戸市生まれ。1986年に旭光電機に入社し、技術部に配属。考案した自動ドア用近赤外線センサー「パルサーチ」は業界のスタンダードになった。2004年に現職。産業機器用電装品、ロボット、宇宙関連など、さまざまな電装品の開発を指揮している。