「多様性を力に」をバリューに掲げ、経営戦略上の重要なテーマの一つとしてD&Iを推進する三井物産。2024年には新たな人事制度の導入で、多様な社員がいることを前提に、誰もが成し遂げたいキャリアを自律的に実現できる環境を整えている。社員が活躍するための環境づくりと人材育成について、さまざまな働き方を実践した4人が意見を交わした。
モビリティ第一本部Business Reformation部長 朱雀千穂子(以下、朱雀):性別に関わらず社員が活躍するには、充実感をもって働きながら組織に貢献し、自己実現できる状態が必要だと考えています。ただ、女性は出産や育児の際には一定期間仕事から離れる必要があり、キャリアの機会が限定されがちです。こうした状況で、女性が活躍するためには、企業に何が求められるのでしょうか。

専務執行役員 大黒哲也(以下、大黒):経営層のコミットメントやD&Iを受け入れる文化の醸成に加え、さまざまな働き方に対応する制度づくりを継続的に行う姿勢だと考えています。
同時に、活躍する女性の母数を増やすことも不可欠です。「組織においてマイノリティが3割を超えると文化が変化する」という“黄金の3割”理論が示すとおり、企業文化を変えるためには、女性社員を増やす必要があります。

朱雀:大黒さんがその必要性を感じたのは、いつからですか。
大黒:2007年に、ダイバーシティ推進室(現:人事総務第二部インクルージョン&カルチャー推進室)を兼務したときです。当時、30歳になる前に退職する女性社員が多く、その原因を探るためにメンバーと手分けして、すべての女性社員と面談を行いました。
その結果、「結婚や出産といったライフイベントを経験する前に海外駐在を経験したい」という焦りがある一方で、実際にはその機会が限られていることに葛藤を抱える方が多いとわかったのです。しかし、当時は今のように1on1で上司と対話する機会も少なく、悩みを相談しづらい環境だったのでしょう。「将来も三井物産で働くことがイメージできない」と考え、退職の道を選んだのだと思います。
当時から、男女間の格差を解消する取り組みを進めていましたが、まず母数が増えなければ成果が出にくいことを痛感しました。
朱雀:私は15年前、当時の上司だった大黒さんからキャリアの転機となる海外駐在の機会をいただきました。長年、男性総合職が中心だった当社で、私にチャンスを与えてくれた背景には、どのような想いがありましたか。
大黒:一人ひとりの社員が自己実現できるよう、個々の強みを見極めて伸ばすことが上司の役割だと考えていました。朱雀さんはコミュニケーション力やバランス感覚があり、いずれ大きな組織を任せられる人材だと感じていたんです。そこで、将来的に組織長を担う人材として必要な経験を積めるよう期待を込めて、シンガポールでの駐在を提案しました。
朱雀:私は当時、業務職から担当職に転換して間もなかったので、青天の霹靂で、「今の能力では期待に応えられない」と不安をお伝えしましたよね。すると、「実力以上のアサインメントとわかってはいるが、ストレッチが必要な環境にいれば成長できるはず」と背中を押していただき、海外駐在に踏み出す決断ができました。出向先でも苦労の連続でしたが、現地の上司、本店の先輩・同僚のサポートを得て、業務に取り組み少し成長できたかなと思います。
活躍する女性社員の事例を増やし、理解度を高める
大黒:朱雀さんはシンガポール赴任後、フィリピンでも駐在を経験し、その後は室長に就任しました。組織長に就任したことで、価値観にどのような変化がありましたか。
朱雀:最も変わったのは、自分のことを考える時間が減ったことです。組織を預かる立場になると、「成果を出せる組織づくり」への期待に応えなければなりません。そのため、メンバーの力の引き出し方を常に考えるようになりました。
また、組織長は裁量をもちながら、上司と相談して組織の方向性を決め、業務の取捨選択や優先順位付けを行います。自分自身がまだまだ発展途上なので、悩みやプレッシャーを感じることも多いですが、当社には上司や先輩ががんばる人や組織に惜しみなくサポートしてくれる土壌があります。サポートを得ながら組織で成果をあげられた先には大きな達成感が待っています。メンバーが生き生きと働く姿を間近で見たり、成長を実感してくれる場面に遭遇したりすることにも充実感を感じますし、大きな励みになっています。
大黒:女性社員が自らキャリアを切り拓ける環境を整えるためには、個々の事情に寄り添いながら制度に落とし込むことが重要です。過去20年間、制度を拡充し続けてきましたが、ライフプランは人それぞれで、画一的な制度では対応しきれない場合もあります。だからこそ、新たな人事制度を導入して、柔軟な働き方を実現しようとしています。
朱雀:大黒さんがモビリティ第一本部で立ち上げた「女性社員キャリアパスタスクフォース」では、従来の男性中心の会社で女性社員が自分らしく働くために、抱えている様々なモヤモヤを言語化し、マネジメントも巻き込んでアクションに繋げる取り組みが進められました。その後D&I推進タスクフォースと名前を変えた現在も、タスクフォースが橋渡し役となり、女性社員とマネジメントが相互理解を深めることで、多様な働き方が一層広がるよう推進しています。
家庭との両立を実現するためのマインドセット
——続いて、金森さんと高城さんには、女性社員が活躍するために必要なスキルやマインドについて伺いたいです。お二人ともお子さんがいるとのことで家庭との両立が大変だと思いますが、どんな方が活躍すると思いますか。
プロジェクト本部プロジェクト開発第一部物流インフラ事業室長 金森麻衣子(以下、金森):厳しい環境にも耐えうる「強さ」と変化への「適応力」を兼ね備えた人であれば、活躍できるのではないでしょうか。

人事総務第二部インクルージョン&カルチャー推進室長 高城紘子(以下、高城):加えて、それらを楽しむ姿勢も大切ですよね。働きながら育児をしていると、想定外の出来事が次々と起こりますが、仕事でも前提条件が変わることは日常茶飯事です。むしろ、変化は常態的なものとして受け入れ、前向きに対応策を考えられる人であれば、楽しみながら乗り越えられるでしょう。

金森:そのようなマインドをもつ人は、自分の強みを生かせるポジションを見つけ、周囲のサポートを受けながら活躍していますよね。
高城:そう感じます。一方で、出産後、「仕事もがんばりたいし、家庭も大切にしたい」と思いつつも、そのバランスに不安を抱いたり、悩んだりする女性社員は少なくありません。金森さんは二児を育てながら管理職として働いていますが、どのようにワークとライフをマネジメントされていますか。
金森:家庭でも仕事でも「自分がやるべきこと」と「任せられること」の線引きを意識しています。最初は難しかったのですが、ワーキングマザーの先輩などに相談するうちに、その境界線が徐々に見えてきました。
産休・育休を経て仕事に復帰した際、最も悩んだのは「時間の制約」です。その解消法のひとつが「チームを組むこと」で、家庭ではパートナーやシッターさんなどと、仕事ではチームメンバーと業務を分担しながら、働く時間を確保しています。管理職として求められる役割を把握し、制約があるなかでも期待に応えられるように努めていますね。
高城:金森さんは、お子さんを育てながらタイに駐在するなど、海外赴任の経験も豊富ですよね。海外で仕事と家庭を両立しながら活躍するために、特に必要なことは何でしょうか。
金森:それもやはり、時間の制限といかに戦うかですね。誰かに任せられる業務は思い切って手放して、自分がやるべきことに集中する。メンバーと相談しながら役割分担することで、「自分だけが必死にがんばらなければならない」というプレッシャーも軽減しました。
また、現地の良いところを積極的に取り入れる姿勢だと思います。例えば、タイではワーキングマザーがシッターに家事や育児を任せて仕事に邁進する文化が根付いています。この考え方を自然に受け入れることで、より柔軟に働けるようになりました。
高城:周囲のサポートをうまく活用する力は、仕事でもプライベートでも重要ですよね。当社では、自身がもつ知識や知見、ネットワークを惜しみなく提供してくれる社員が多くいます。それは、これまでの経験で培ってきたものを自分だけのために使うのではなく、チームの仲間や他組織の成功のために生かしたい、そうした連携を通じて会社全体が強くなると自然に考えている人が多いからだと思います。
もちろん、仕事でもプライベートでも自ら戦略的に情報を取りに行く、周りを巻き込んでいく姿勢は大事ですが、その前提としては常日頃よりGiverであることも大事だなと思います。相手に貢献する喜びを感じられる人は、なじみやすい環境だと感じています。
多様なリーダーが活躍するための環境整備と意識改革
金森:当社は、社員一人ひとりが活躍できる職場づくりに向けて、人事制度の拡充を積極的に進めていますよね。
高城:そうですね。2024年7月には、新たな人事制度を導入し、すべての社員がキャリアの壁や天井を感じることなく、成し遂げたいキャリアをより広いフィールドのなかで実現できるようになっています。

関連リンク:新人事制度概要 | 三井物産 採用ポータルサイト | MITSUI & CO.RECRUIT
金森:今では、女性管理職比率10%を達成したと聞いています。
高城:国内での新卒採用時の女性比率は4割を超え、結婚や出産などを理由に退職する人は今やほとんどいなくなりました。そう考えると、いまだ10%にとどまっているともいえます。
持続的な成長には、意思決定を担うリーダー層を、多様性のある人材プールから育む必要があります。そこで、女性管理職比率を2031年3月期までに20%まで引き上げることを当面の目標とし、将来の管理職候補となる若手社員の育成にも力を入れています。
とはいえ、こうした数値はあくまでも指標の一つにすぎません。大切なのは、一人ひとりの女性社員が自身のキャリアについてどのような思いがあるのか、また、その思いに至る背景として、本人を取り巻く環境の実態を正しく把握し、バイアスを排して原因分析することだと思います。そのために、私たちは昨年、女性社員に向けて調査を実施しました。
金森:その結果、どのようなことがわかりましたか。
高城:まず、「仕事に1日の多くの時間を使える人しか、管理職や組織長にはなれない」という固定的なイメージが強くあることがわかりました。おそらく当社において、“専業主婦をパートナーにもつ男性社員”が管理職や組織長を担う時代が長かったことが背景として考えられます。そして、日本全体の傾向と同じく、当社においても女性社員の側に育児・介護・家事の負担が偏重していることもわかりました。
結果として、働く時間に制約のある女性社員の多くが、家庭と両立しながら管理職や組織長を担うことを難しいと感じ、挑戦を前に諦めてしまっている実態が見えてきました。アンケートは女性向けでしたが、近年夫婦の共働きが増えていますし、家族の形態も多様化しています。過去の前提が当たり前のものではないと捉え直す必要があると思います。
金森:誰しも何かしらの事情を抱えていることを前提に、チーム内で互いに理解を寄せ、それぞれの強みを生かしながら補完しあう工夫が絶えず必要ということですね。
高城:こうした内容は、経営幹部からの発信を通じて、意識改革や風土醸成を促しています。プロ集団として仕事の質を落とさずに実現していくことは決して容易ではありませんが、皆で知恵を絞り、この課題を解決しようと会社全体で取り組んでいる真っ最中です。
大黒さんをはじめ経営層は、「人材の多様性こそが競争力の源泉」と話しており、性別にかかわらず多様な社員が活躍できる風土作りと継続的な制度改善に取り組むのは、その一環です。今後も競争力を高めるために、多様な人材が輝ける職場づくりを続けていきます。
関連リンク:三井物産 採用ポータルサイト | Women Careers特集ページ
MITSUI & CO. Careers and Thrive on diversity 特設サイトはこちら
だいこく・てつや◎三井物産株式会社 専務執行役員 ダイバーシティ推進委員会副委員長
1986年に入社。2014年7月に自動車第三部長を務め、2019年には執行役員モビリティ第一本部長に就任。2022年4月に常務執行役員モビリティ第一本部長、2023年4月からは専務執行役員を務めている。
すじゃく・ちほこ◎三井物産株式会社 モビリティ第一本部Business Reformation部長
1993年に入社。自動車本部に配属され、本部内で複数部署を経験したのち、広報部・CSR推進のキャリアも経て自動車本部に帰属。シンガポール駐在、フィリピン駐在を経験。2020年にモビリティ第一本部貨物輸送・リース事業部Business Reformation室長就任。同本部人事総務室長を経て、2024年に部長就任。
かなもり・まいこ◎三井物産株式会社 プロジェクト本部プロジェクト開発第一部物流インフラ事業室長
2002年に入社。経理室(金属グループ)配属。タイ修業生経験を経て、2007年に物流本部に帰任。2013年の機構改組によりプロジェクト本部へ合流し、プロジェクト開発第一部でキャリアを積んだのち、2度の産休育休を取得。バンコク駐在を経て帰国後、2024年7月に室長就任。
たかしろ・ひろこ◎三井物産株式会社 人事総務第二部インクルージョン&カルチャー推進室長
2006年に入社。法務部でビジネス法務経験後、人事総務部に異動。2013年にNYに海外研修員として派遣。同部帰任後、ダイバーシティ、新本社ビル開発、人事企画等の担当を経て、産休育休取得。人事総務部に復職後、2024年4月に室長就任。