人材不足による影響がサービスの品質に直結してしまう多拠点サービス業。顧客・従業員双方のニーズが多様化するなかで、経営者が考えるべき戦略と打ち手とは。
回転寿司業態からタッチパネルによるフルオーダー制へと変革を遂げ、成長を続ける銚子丸と、全国に1,300店舗以上を展開し、手づくりにこだわった商品で根強い人気を誇るモスバーガー。
銚子丸 専務取締役 堀地 元(以下、堀地)、モスフードサービス 取締役上席執行役員 FC事業本部長 笠井 洸(以下、笠井)とともに、サービス業における真のDX実現のため、あらゆる企業と向き合ってきたClipLine 代表取締役社長 高橋勇人(以下、高橋)が鼎談を実施。人手不足時代における多拠点サービス業の課題と、経営層が取り組むべき戦略について意見を交わした。
直営店とフランチャイズに共通する課題
高橋:まずは現在、それぞれが抱える、人材に関して直面している課題について、お聞かせいただけますか。
笠井:最大の課題は人材の確保です。魅力的な職場環境をつくることはもちろんですが、働く側も多様化しており、短期労働を希望するパートやアルバイトの方が増えています。そのため、できるだけ早いタイミングで戦力化することが従業員のモチベーションにもつながると考え、迅速にオンボーディングを完了させる方法を模索しています。

堀地:我々も同じ課題感をもっています。かつて当社の従業員の多くは、他店で修業を積んだ寿司職人や料理人からの転職者でしたが、現在は人材の流動化の影響もあり、未経験者が増えています。人手不足の時代こそ、企業は商品やサービスのクオリティを担保するためのスキームを構築していくことが求められると考えています。
高橋:特にサービス業はニーズの多様化、働き方改革など、社会的な変化・要請にも応えていかなければならない。いわば二重苦、三重苦のような状況にあるといえますね。
笠井:これまで外食産業は多能な人材、いわゆるマルチになんでもこなせることに甘えてきてしまった部分があると感じています。やはりデジタル技術を導入して、人にしかできないところに資源を集中できる環境づくりに取り組んでいく必要があると考えています。
高橋:チェーン店経営におけるDXの推進には、3つの段階があると考えています。笠井さんがおっしゃった省人化はまさにその第1段階ですね。その次の段階は、業務内容や従業員の能力を暗黙知から形式知に転換し、それを横展開することで店舗間のサービス品質のバラつきをなくすこと。
最後に、従業員のスキルの可視化や評価、キャリアステップの最適化を行う。こうした段階を経ることで、お客様に満足していただくための工夫や接客の質を高めるための時間などが確保でき、人の手による付加価値を高めていくことができる。
当社では第2段階から先の部分、人の力を最大化するためのテクノロジーを「サービステック」と呼び、それを構成するソリューション群である「ABILI(アビリ)」を提供しています。いくらデジタル技術が発展しても、サービス業において人が生み出す価値が重要なのは言うまでもありません。だからこそ、経営層は省人化の先を見据えたテクノロジーの活用を考えていく必要があると考えています。
暗黙知を形式知にすることで
事業の新たな発展が生まれる
堀地:飲食店の業務は暗黙知の塊ですからね。わかりやすい例でいうと、塩の量。職人はつまんだ指先で、料理ごとに適切なグラム数を感覚的に測ることができますが、経験が浅い職人や未経験者は、同じように感覚で再現することはできません。飲食店では、こうした暗黙知が無数にあるといえます。当社では、こうした課題を解決するため、ClipLineの動画型実行支援システム「ABILI Clip」を導入しました。
個人の暗黙知を形式知に変換し、接客サービスや寿司職人の技能向上に取り組んでいます。特筆すべき事例として、3人のお子さんがいる女性従業員が、動画視聴と実践、実地でのOJT(On the Job Training / 職場内訓練)を組み合わせることで、未経験から3カ月で板前として寿司を握っています。職人の勘や技術を可視化したことで、さまざまな好影響が生まれています。

高橋:銚子丸さんの従業員の方々にはシニア層の方もいらっしゃると思いますが、そうした方々のデジタルツールに対する反応はいかがですか。
堀地:わからないことは若い世代から学ぼうという意識が高まったと感じています。若手に使い方を教えてもらうかわりに、調理における熟練した技術を教えるなど、デジタルツールを導入したことで互いに学び合い、足りないところは補い合う、そんな関係値がつくれると実感しています。
笠井:それは素晴らしいですね。当社はDXの本格化に向け、まずは各直営店の店長の業務・役割の定義付けをあらためて行い、標準化する取り組みをClipLineと進めました。店舗マネジメントにおいて店長が工夫すべき部分と、ブランドとしてのスタンダードをそれぞれ定めることで、その後の施策の浸透や現場のオペレーション品質のレベルも上がっていくと感じています。
高橋:日々さまざまな企業のご支援をするなかで、店舗マネジメントの“型”がより求められるようになってきていると感じています。日々違う人材の組み合わせで店舗運営を行うのが、チェーン店経営の大きな特徴です。こうした環境下で、店長が担当店舗のスタッフ一人ひとりの特徴を把握しながら、安定したオペレーションと店舗の強みをつくっていかなければならない。
この負担は大きく、また従業員の評価が店長に委ねられてしまうというデメリットもある。こうした店長の負荷を軽減するために、デジタルの技術も活用して、マネジメントやオペレーションのスタンダードをつくることが、新しい戦略を生み出すことにつながるのではないでしょうか。

人の手による付加価値の追求が
店舗、そして企業の個性となる
笠井:私たちが提供するサービスや商品の強みは、人の手でつくる温かみだと考えています。そのために各店長が培ってきた知見を可視化し、組織の共通知にすることで、従業員が働きやすい環境をつくっていきたいと思います。DXは今ある企業の姿を分解し、強みを特定して、再構築することで、組織を盤石にする手段のひとつだととらえています。
加えて弊社には、創業時から語り継がれている「どうせ仕事をするなら、感謝される仕事をしよう。」という言葉があります。スタッフ一人ひとりがやりがいや喜びを感じながら仕事ができれば、サービスもより良いものになる。こうした好循環を、デジタルの活用で、生み出していければと思っています。
堀地:同感ですね。人の手でつくる寿司には、つくり手の気持ちが宿りますから。当社でも仕事をするなかで大切な言葉として「感謝」というキーワードを掲げています。お客様に対する感謝の気持ちはもちろんですが、仲間や魚を運んでくださる運転手の方に対してもそうです。
その気持ちがあれば笑顔や感謝の言葉が自然と出てくる。ですが、従業員が日々目の前の仕事に追われているようでは、感謝の心もなくなってしまいます。そうならないよう今後もデジタルを活用し、従業員の負担を軽減しながら、スキルを最大限伸ばしていく仕組みをつくっていきたいと思っています。その結果として、飲食店で働く人の地位向上が実現できるとうれしいですね。
高橋:おふたりのお話の通り、省人化を図っても、サービス業の価値は人の手に残るんです。その価値をどのように最大化していくか。それがデジタル時代においても、経営者の皆さんと我々がともに考え続けていかなければならないことだと考えています。
ABILI
https://service.clipline.com
前回の記事はこちらから
人手不足時代のサービス業に「人の価値」を取り戻せ 入山教授と語る、新概念・サービステックの肖像
たかはし・はやと◎ClipLine 代表取締役社長。アクセンチュアなどでコンサルタントとして多数の多店舗展開企業の経営改革を主導。業界最大手の外食企業では、売り上げ数百億~1,000億円規模の業績向上と組織変革を完遂。2013年に独立し、ClipLine創業。
ほりち・はじめ◎銚子丸専務取締役。1992年に入社後、事業部長、常務取締役、常務取締役営業本部長などを経て24年より現職。新しい働き方の導入や福利厚生の充実、DX推進、海外プロジェクトの推進など、経営基盤の構築に積極的に取り組んでいる。
かさい・こう◎モスフードサービス 取締役上席執行役員FC事業本部長。2008年に野村総合研究所へ入社。経営コンサルティングに従事した後、ベイカレント・コンサルティングにてパートナーを務める。18年にモスフードサービスに参画。25年より現職。