テクニカルな話をすると、クリュッグの中には、テイスティング コミッティーというものが設けられている。世代も感性も異なる男女のメンバーで構成されるエキスパート集団だ。その筆頭を務めるのがジュリー・カヴィルという女性のセラーマスター。数名がそれぞれの区画のベースワインをテイスティングして、味わい、個性を見極め、オリヴィエも含めそれを最終的にジュリーがまとめ上げ、 “創業者の夢”の再現ができるかどうかを判断するのだという。テイスティングの回数にして、年間1000回を超えるというから驚きである。
では、ブドウそのものの生育法はどうであろうか。「それもビジョンです」と一言。
「ヨーゼフが書き残したノートの1ページ目に、『良い素材と優れたテロワールがなければ、良いワインを手に入れることはできません』とあります。最高のというよりも、それぞれのブドウが、精密にそれぞれの区画の個性を持っていることが大切。その個性を合わせたものがシャンパーニュなのです。ブドウ同士が、競争するとかランキングのだとかの話ではない、それぞれの個性が完全に花開いてこそ、至高の1本ができるのです」
オリヴィエはそこで、シャンパーニュ造りを音楽に喩えて話してくれた。「最高のオーケストラの演奏を楽しみたいと思うなら、すべての楽器のすべての音を、力強くきちんと受け取りたいものです。バイオリンの、キレのよい高音のノートが必要だが、今年はそれを出すことができる弾き手がいない。そんなときに、他の楽器で代用することはできない。シャンパーニュ造りも同じ、この最後のピースをはめるために何百とある畑の区画から、最適のワインを選びとらなければなりません」。シャンパーニュ造りとはそれほどに、緻密な作業であるのだ。
そうした醸造過程の中で、特筆すべき個性を持ったブドウが現れた年だけは、その年のワインだけを集めて、ヴィンテージのシャンパーニュを造る。けれど、ヴィンテージのほうが、グランド・キュヴェより優れているというわけではなく、あくまでもその年の個性を語れるワインという位置づけなのだそうだ。だから、あえてヴィンテージという言葉をラベルにものせていない。
一方、クリュッグには、シャルドネ100%の小さな単一畑から造られる、クロ・デュ・メニルとピノノワール100%の単一畑から造られる、クロ・ダンボネも醸造されている。これらはグランド・キュヴェがオーケストラなら、卓越したソロイストの演奏。クリュッグファミリーにとって畑の個性をここまで出せると言うことの、表現方法であるのだという。オーケストラからさまざまなソロイストまで、多彩な人生の歓びが味わえるというところが、何よりクリュッグの素晴らしさである。


