デル・テクノロジーズがスタートアップ支援を目的に2025年に初開催したピッチコンテスト「DELL STARTUP CHALLENGE」。1月24日に行われた決勝では、3社が入賞を果たした。それぞれの代表に、創業への想いや実現したい未来について話を聞いた。
グローバルで起業家を支援しているデル・テクノロジーズは、社会課題の解決や新しいビジネスモデルの創出など、テクノロジーによって人類の進化を牽引するスタートアップを支援することを目的に、ピッチコンテスト「DELL STARTUP CHALLENGE」を開催した。
1月24日に行われた決勝では、300社以上のなかから選ばれた10社がプレゼンテーションを実施。300社の頂点に立ったのは、人工関節置手術のナビゲーションシステムの開発を手がけるプレシジョンイメージングだ。
人工関節置手術をより安全に高品質に。若き医師のチャレンジ
末期の股関節障害に対する唯一の治療法が人工関節置手術だが、順天堂大学関連の病院で執刀する代表取締役CEOの石井聖也には、手術のあり方を変えたいという想いがあった。

「人工関節手術は関節の痛みを大幅に改善させることが可能で、長期的な安全性が確立されています。しかし、その技術は術者の眼や手の主観的な感覚に大きく依存しており、術中骨折や脱臼などの合併症が起こることがあります。特に十分なトレーニングを受けられない地域では、そのリスクはさらに高まります。世界各地で今もなお発生している合併症の実態に触れるたびに、『このままで良いのか』と悩み、理想の手術のあり方を模索していました。そうしなか、ふとこのコンセプトが閃き、特許を出願して事業化への一歩を踏み出したのです」
同社が開発しているのは、膨大なCT画像を学習データとしてAIモデルを構築し、3次元的に位置情報を解析するシステムだ。限られた手術中の情報を入力データとして人工知能が骨盤、インプラントの相対的な位置関係を解析し、リアルタイムに正確な情報を把握することができるようになる。

とはいえ、その取り組みはまだ始まったばかり。テクノロジーに精通したベンチャーキャピタルやエンジニアなど協力者との出会いを求め、石井はDELL STARTUP CHALLENGEに参加したという。
「『医療を変えたい』という想いが、少しでも多くの方に伝わることを願ってプレゼンしました。ただ、すでに収益が発生している企業や、より事業ステージが進んでいる参加者が多く、正直なところこの結果は期待していませんでした。優勝して純粋に嬉しく思いましたし、開発機器の製品化、そして安全な医療の普及に向けた大きな一歩になったと感じています」
入賞者にはデル・テクノロジーズの製品が贈呈されるが、石井は「AIソフトウェアの開発や臨床検証の環境構築において、デル・テクノロジーズの高性能な製品を活用させていただきたいです」と期待を示す。
石井が思い描くのは、AIを活用することで世界中の誰もが質の高い医療を受けられる世界だ。
「AIは膨大なデータから手術の最適解を導き出し、人間では到達できなかった精度と安全性を実現するでしょう。例えば手術時間が30分の1に短縮されたり、救命率が2倍に向上したり、あるいは術前に『この手術は行うべきではない』という判断がなされるようになるかもしれません。私たちの開発する『プレシジョンイメージング』は、その未来への第一歩です。AIが外科医の“眼”を補い、世界中どこでも、誰でも、安全で質の高い医療を受けられる社会を実現したいと考えています」
サステナブルで機能的。注目の繊維「カポック」を世界へ
準優勝に選ばれたのは、新素材を開発するKAPOK JAPANだった。代表の深井喜翔は、大量生産、大量廃棄を前提としたアパレル業界の現状を変えるという志をもつ。
「私は大手繊維メーカーでの経験を経て、家業である創業79年目のアパレルメーカーに参画しましたが、その過程で大量生産・廃棄が前提のアパレル業界に疑問を抱くようになりました。父がカシミヤ屋、母がウール屋の家系ということもあり、この世界を変えようと素材探しをしていたところ、2018年末に出会ったのが『カポック』という素材です。この出会いが転機となり、サステナブルなブランド構想を練り、クラウドファンディングを通じて事業を立ち上げました」

インドネシアなど東南アジアに自生するカポックは、伐採の必要がないため、人にも地球にも負荷の少ない素材だ。深井はこの素材を広めるために、ブランド「KAPOK KNOT」を立ち上げるなど、素材の魅力を生かしたものづくりに取り組んでいる。DELL STARTUP CHALLENGEへの参加は、この取り組みが社会課題解決につながることを広く伝えたいという想いからだった。
「当社の理念と製品価値が審査員や観客の皆様に伝わった手応えを感じました。ITやAIベンチャーが多いなか、ファッション企業である私たちが評価され、多くの共感を得られたことを非常に嬉しく思っています」
KAPOK JAPANが目指すのは、環境負荷の少ない、持続可能な社会の実現だ。
「当社のサステナブルブランドが環境保護への意識を高めるきっかけとなり、より良い地球環境と社会構築に貢献していきたいと考えています。私たちのミッションである『世界中にサステナブルで機能的な素材を届ける』ために、多くの関係者の方と持続可能な世界を創っていきたいです」

小児医療にWell-Beingを。テクノロジーとケアを掛け算
女性起業家賞に選ばれたのは、こどもの「Bio Psycho Social Care(身体・心理・社会的ケア)」をデジタルやAI技術の力で社会実装することを目指すPeds3だ。小児科医として子どもの発達や行動、心の診療に携わってきた同社CEOの千先園子が、現場で感じてきた課題から事業は生まれた。

「病院で待っているだけでは救えない子どもたちが増えています。子どもたちの発達や行動、こころの課題、思春期のメンタルヘルス、慢性疾患の合併症、さらには貧困などの社会的要因と、課題は複雑かつ深刻になっています。現在の小児医療は、病気を治すことはできても、身体・心理・社会的な幸福である『Wellbeing』を支える『Care』に課題が残されています。その課題に手当を届けるために創業しました」
Peds3では、ソフトウェア医療機器(SaMD)の開発や、支援を届けるためのデジタルクリニックのプラットフォーム構築を進めている。その第1弾として、字を読むことが困難な学習障害「ディスレクシア」を対象としたSaMDを開発中だ。AIとゲーミフィケーションを活用し、より個別化した治療を楽しく継続し、診療の進捗を効果的にモニタリングすることで対面診療の効率も向上させるという。
「エビデンスがあっても、それが社会に届くまでの『Evidence-Practice Gap』が大きな課題です。効果が示されている支援策であっても、リソースの限界や地域格差によって十分に普及していない現実があります。Peds3は、そうした支援の『社会実装の壁』を越えた社会的インパクトを目指しています」

社会課題の解決に取り組む挑戦をより広く社会に届けるきっかけにしたいと、千先はDELL STARTUP CHALLENGEに参加した。
「プレゼンは伝えるだけでなく、自分たちの活動の意味を問い直す時間でもありました。私は、子どもの声を社会に届ける『子どもアドボカシー』は小児科医の大切な役割だと考えてきました。スタートアップという形がアドボカシーの手段になりうると、改めて実感しました」
千先が目指すのは、子どもたちへの想いやそれに関わる人々をつなぐことだ。
「子どもたちの可能性には限界がありません。だからこそ私たちはエビデンスとテクノロジーの力を活用して、今、子どもたちのために何ができるかを考え続けています。医療の枠を越えてさまざまな領域やバックグラウンドの『子ども応援団』の方々とつながりながら、社会実装の壁を乗り越えていく。Peds3は、すべての子どもたちが笑顔になれる社会を目指す人や想いが集まる場でありたいと願っています」
デル・テクノロジーズ
https://www.dell.com/ja-jp
石井聖也◎プレシジョンイメージング代表取締役CEO。順天堂医院などを経て2022年、横浜鶴ヶ峰病院整形外科部長人工関節センター長。23年にプレシジョンイメージングを設立し現職。
深井喜翔◎KAPOK JAPAN代表。不動産ベンチャー、大手繊維メーカーを経て、家業である創業79年目のアパレルメーカーに入社。2020年にKAPOK JAPANを設立し現職。
千先園子◎Peds3 Founder CEO。厚生労働省、シンガポール国立大学病院などを経て、国立成育医療研究センターこころの診療科専門医・こどもシンクタンク副室長。2023年にPeds3を設立し現職。