——東邦レオは、「グリーンなライフスタイルの街づくり」の実現に向けて、都市緑化の開発、緑地管理をもとにしたコミュニティ形成などに力を入れてきました。まずは緑化事業に取り組んできた思いや背景をお聞かせいただけますか。
吉川 稔(以下、吉川):当社は高度経済成長期の1965年に創業し、防音や断熱効果を高める建築材料「パーライト」を軸に事業を展開してきました。緑化事業に着目したのは80年代に入ってからです。街がコンクリートジャングルと化していくと、やっぱり暮らしには緑が大事だという考え方が広がっていった。パーライトが持つ土壌改良効果を活用し、屋上緑化をはじめとした環境対策分野に事業を拡大していったんです。腐植技術を開発し、人間にとって扱いやすい"特殊土壌"という形で、土を人工的に再生してきた会社といえます。
桐村里紗(以下、桐村):いち早く都市緑化に着目していらしたんですね。"土"は、プラネタリーヘルスという概念においてもキーになっているんです。プラネタリーヘルスとは、人の健康と経済システム、生態系システムを含む地球システム全体の健全性を実現していこうという、国際的なヘルスケア概念です。
私は内科医として腸内細菌を通したヘルスケアを推奨してきた立場で、最新の研究ではそもそも私たちの健康は腸内環境によって支えられていることがわかっています。そしてその腸内環境は、地球環境の土壌でできた食物を取り入れることで作られている。人間の活動が地球上の土に致命的なインパクトを与えている今の時代、環境全体にとっても人の心身の健康にとっても、土の健全性が重要な役割を担っているんです。
吉川:人と共生する生態系全体を元気にしていくことが、巡り巡って私たちの心身の健康を高めてくれる、ということですね。
桐村:まさにそうです。
人の営みと自然が調和する「里山」的アプローチ
桐村:私は2022年から人口最小県である鳥取県の人口最小の町・江府町に移住し、自治体とのプラネタリーヘルスの連携協定を組んでいます。そこでは、ソニーコンピュータサイエンス研究所の舩橋真俊研究員等が研究する、人の手を入れることによって自然状態以上に生態系を拡張する再生型農業・Synecoculture™(シネコカルチャー/協生農法 ※)の実践など、共同プロジェクトが進行中です。また、企業研修を受け入れ、自然体験や再生活動を通じて、いかに自分たちが生態系とつながっているかを体験してもらうプログラムも行っています。日本の里山のシステムは、人が手を入れることでより豊かな自然を再生していく、というもの。産業活動が環境破壊を押し進めるという従来の考え方から、産業を継続しながら手を加えることで生態系を豊かにしていくという"里山"的な考え方へのシフトが、プラネタリーヘルスを実現する上でとても重要なんです。私たちがネイチャーポジティブな経済を回すことで、自然を再生し続けていく。これが、地球の病理を改善する唯一の方法です。東邦レオさんが実践されてきたことに重なりますよね。
吉川:実は私たちは、企業としてネイチャーポジティブを積極的に謳ってきたつもりはないんです。2020年に入ってから、周りから突然「ネイチャーポジティブを実践してきた最先端の会社ですね!」などと言われるようになった。普通にやってきたことが注目され、モテ始めて戸惑っている気分です(笑)。
当社は、これをやったら儲かるかといった短期的な収益や成長よりも、社会全体がより良くなるかを重視して投資判断や意思決定をしてきました。我々が手掛けた不動産開発でいえば、例えば東京・千代田区九段にある「kudan house」があります。築98年の歴史的建築物「旧山口萬吉邸」を改修したイノベーション拠点で、合理性や収益性だけを考えれば、その広い敷地を更地にしてビルを建てたほうがいい。でも、周りの地域環境を考えれば、東京のど真ん中に、緑豊かな庭園を持つ「kudan house」があり、鳥のさえずりが聞こえる空間があったほうが心地いいでしょう。
創業時から、社会の中のひとつの役割として企業がある、という考え方にブレがありません。企業として必要とされなければ自然に淘汰されるでしょうし、それは生態系に共通していますよね。
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桐村:プラネタリーヘルスの実現には、そうした視座の企業が必要なんです。地球全体のシステムの中に経済システムがあり、その中に企業活動がある。環境全体が健全じゃないと当たりまえに自分たちも健全にいられないというのは、人間も企業も同じですね。
吉川:地域が好ましいと思えない開発をしても、人々が住みたいと思える街はつくれません。近隣関係を無視した開発は短期的な収益を見ても成り立たなくなっている。社会全体の意識が高くなっていると感じています。
多様性が育む新たな経済価値
——おふたりは、人と自然の関係性を豊かにし、都市における生物多様性を向上させることは、どのような社会的・経済的価値を生み出すと考えますか? 目指したい社会の在り方についてもお聞かせください。吉川:「kudan house」の庭園を見ていても思うのですが、自然は人間が思っている通りにはなりません。いきいきと育つ植物も枯れ始めている植物も含めて、全体を見て美しいと思える心が育っていけば、人間社会の多様な凸凹も許容できる優しい世界が生まれると思うんです。
桐村:生態系はいろんな種類の生き物が重なり絡み合って成立するものですから、同じものだけがキレイに並んでいるのは不自然ですよね。私は今、地元の小学生の授業や企業研修として、拡張生態系の畑をつくったり、一緒に手入れをする学びの機会を提供しています。100平米に畑に100種類以上の植物を共生させるため、多種多様な生命が協力し合い、競い合いながら育っていくのを見ることができる。すると子どもたちも大人も、多様でいいんだ、いろんな個性が助け合って生きていっていいんだと、自分を許容することができるようになります。
実際に、多様なものが共生したほうがその相互作用によって植物の抵抗力や生命力が高まり、人の健康にも寄与するファイトケミカルが増えます。食の多様性が高まり、腸内環境も整って健康になり、人間社会の生産性も高まっていく。生態系と自分が一体であるということが腑に落ちれば、自分の力だけでなく、私たちの外にある生態系の本来の力を使うことができるようになります。ネイチャーポジティブを実現するにはとても大切な視座です。
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吉川:不動産は境界線が明確なものですが、土を介して水はつながっているし、空気はつながっている。周辺環境がより良くならない開発はしてはいけないはずです。ひとつの不動産は地域全体とつながり、都市と地方も流域という考え方でつながっている。
みんなが、自分の家の周辺環境を良くするために……と考えて動くようになれば、社会はどんどん良くなりますよね。庭園は周りから見ても美しい。周辺の価値が上がることで、ゆくゆくは自分たちにとってもプラスになればいい。そう考えて動いていきたいですよね。
桐村:私は東京大学大学院で、道徳感情数理工学という講座を主宰しています。人を含む地球のための道徳心を持つ"地球道徳"という指標が企業の信頼になっていく、そんな新しい価値基準の仕組みをつくりたいんです。経済圏が回ることで人も地球もよくなるという指標にできたらいいなと思っていて、東邦レオさんはまさに、地球道徳の高い企業なのだと感じました。みんなが他者のことを考えることで巡り巡って自分に返ってくる。それが、これからの新たな経済圏の発展の仕方になっていくのではないかと思っています。
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「土」を介して人と自然が共生する生態系のあり方は、都市の未来を考える上で重要な示唆を与えてくれる。東邦レオも出展を予定するGREEN×EXPO 2027(横浜開催)のテーマ「幸せを創る明日の風景」は、まさにこの対談で語られた理想の姿を体現するものと言えるだろう。
同社が60年近くにわたって追求してきた都市緑化の取り組みは、「kudan house」に代表されるように、経済合理性だけでは測れない価値を生み出してきた。そして今、桐村が提唱する「地球道徳」という新しい企業価値の指標は、利益の追求と環境への配慮を両立させる可能性を示している。
経済合理性の追求に生み出されてきた都市の姿は今、さまざまな環境問題と人口減少という課題の前に変容が求められている。むしろ、多様な生態系が織りなす都市の風景こそが、新たな経済価値を創出する源泉となるのではないだろうか。土壌の豊かさが人々の健康を支え、緑あふれる空間が人々の創造性を育む。このような企業の実践が増えていくことで、持続可能な都市経済の姿が、より鮮明に見えてくるはずだ。
※Synecocultureはソニーグループ(株)の商標。協生農法は、株式会社桜自然塾の登録商標です。
東邦レオ
https://www.toho-leo.co.jp/
よしかわ・みのる◎1965年大阪生まれ。神戸大学農学部卒業後、住友信託銀行を経て、リステアホールディングス取締役副社長などを歴任。2016年にNI-WA創立と同時に東邦レオ 代表取締役社長に就任、現職。クール・ジャパン官民有識者会議委員も務める。
きりむら・りさ◎1980年岡山県生まれ。愛媛大学医学部卒業後、内科医として予防医療から終末期医療まで幅広く診療。腸内フローラ研究などの知見から、人と地球の健康「プラネタリーヘルス」を提唱。東京大学大学院工学系研究科道徳感情数理工学主宰兼共同研究員、プラネタリーヘルス・イニシアティブ代表。天籟株式会社代表取締役。著書に『腸と森の「土」を育てる』など。