イベント当日は、最新鋭のビルの一角にあるグリーンスペースではTeaRoom代表の岩本涼による茶席が催され、ビルの足元を貫く貫通通路では京都・両足院 副住職の伊藤東凌による坐禅が行われた。都市のど真ん中の屋外で行われたこのスペシャルな体験を受けるかたちで、「世界中から注目を集める日本文化の価値をビジネスにどう活かしていくか。ビジネスとカルチャーが交差する街、八重洲・日本橋・京橋の再発見」をテーマとしたトークセッションを実施。ゲストとして岩本、伊藤に加えて、日本橋に長く本社を構え、このエリアを代表する老舗企業である山本山の11代当主の山本奈未が登壇した。モデレーターは「Forbes JAPAN CULTURE-PRENEURS 30」のアドバイザリーボードであり、戦略デザインファーム・BIOTOPE 代表、カルチャープレナーコレクティブ理事の佐宗邦威が務めた。
冒頭、佐宗が最初に説明したのが上述したカルチャープレナーの定義だ。そのうえで、文化領域を扱う起業家とともに、ビジネスエリアでありつつも江戸から続く文化・歴史・精神性が連綿と育まれる八重洲(Yaesu)、日本橋(Nihonbashi)、京橋(Kyobashi)(それぞれの頭文字をとって「YNKエリア」と呼ぶ)の可能性を議論していきたいと、本セッションの趣旨を改めて説明した。
岩本は9歳で茶道裏千家に入門し、21歳の時に同社を創業。「美味しいお茶をつくること」は当然のこととして、「美味しいお茶を美味しく飲める社会をつくること」を掲げて、静岡大河内地域の日本茶工場の承継ほか、国内外を問わず茶室づくりや茶の体験提供、アートフェアへの出展、茶業に関するファンドやシンクタンクの設立といった活動を展開している。
伊藤は、祇園に居を構える禅寺の京都両足院で生まれ育った。20年間にわたり、寺だけでなくホテルや学校での出張指導を行い、述べ20万人以上を坐禅指導してきた経験を持つ。また、近年はアーティストとのコラボレーションにも注力し、禅寺でのアーティスト・イン・レジデンス的な試みのほか、2020年にはメディテーションアプリ「InTrip」をローンチし、好評を博している。
1690年創業で煎茶や海苔を扱う山本山の11代目である山本は、約15年間のアメリカ生活を経て2023年に帰国し、同社社長に就任。日本橋で茶商として創業した山本山は、1738年に京都で発明された煎茶の原型を江戸で初めて発売し、名を成した。その後、山本の祖父である9代目山本嘉兵衛はブラジルに茶園を、アメリカでは茶工場を設立してハーブティーブランドを買収するなど、グローバル戦略を推し進め、現在も日本茶を世界へと広げている。
YNKエリアの魅力を伝える7つのキーワード
YNKエリアの再発見をテーマとして、3人のゲストはまず、それぞれが同エリアを散策した経験などから「入口/出口」「(Not)フリーライド」「賑わい」「きれい」「旦那」「粋」「儚さ」という7つのキーワードを挙げる。YNKエリアは「入口/出口」として、「海外からの客をもてなす機会が圧倒的に多い街だ」と岩本は話す。東京駅があることから、外国人観光客にとっては最初に到着した街となり、まずは高層ビル群に目を向け、日本を巡った後に戻ってくると、今度は路地や老舗を楽しむ人も多い。ここはそんな多層的な価値を提供できる場所だ、と評する。また、同エリアで生活あるいは働く人たちは自分たちを支えてきた地域の力を認識していて、企業活動や投資によって地域へと還元する意識が強いことを指摘。「フリーライド」していない人たちが多くいるエリアであり、誇らしいとすら感じるとした。
岩本の言葉に、強くうなずいたのが幼少期を日本橋で過ごした山本だ。彼女は、強固に根付いた日本橋の町内会のつながりをずっと見てきていて、都心の真ん中で地域の紐帯が育まれていることを「旦那」というキーワードに集約する。また、伝統と革新を織り交ぜるような自社商品のデザインを挙げて「粋」について説明すると、かつて同社のリブランディングを手がけた佐宗も「粋はわかりやすく言い過ぎない奥深さと関係しています。また、山本山の先代社長が『次世代のために今やるべきこと』といった視点で物事を見る姿にも『粋』を感じた」と言及。ほかにも、江戸っ子や祭りのように一時を存分に楽しみ、去るものを惜しまず変化を恐れない「儚さ」があると話した。
続けて伊藤は、YNKエリアは大きく見えても実はスモールワールドであり、地域に根付く人とつながることで、情報共有や新しいビジネス創出の可能性が広がる密度の高い「賑い」がある街だと、印象を明かす。さらに、「きれい」とは衛生面だけでなく、「豊かな水辺の再生」を掲げて再開発が進む日本橋川の河川敷エリアなど、水が流れる街やその環境に期待を寄せていた。
YNKが日本の入口/出口として仕掛けるべきこと
最後に、YNKエリアにかける今後の期待やさらに発展させるためのアイデアを議論する段では、三者からさまざまな意見が飛び交った。「海外では、抹茶ラテが茶道やお茶のタッチポイントとして機能している。YNKエリアも、日本の入口として地域の伝統とつながりながら外に開かれたタッチポイントを増やす仕掛けをつくることが重要だと思う」(岩本)
本物があるからこそタッチポイントがいきる。タッチポイントを通して文化に興味をもってもらうことで、新たなビジネスの創出や伝統を受け継いでいくことにつながる——タッチポイントは、歴史あるものばかりでなくても、そこを入り口にディープに入り込んでもらえる仕掛けづくりが重要なのだと山本が続ける。
「日本橋に遊びに来た海外の友達は、老舗を訪れたあとにポケモンセンターにも寄っていくんです」(山本)
「老舗とポケモンのように、日本が誇る新旧のカルチャーが隣り合って存在していて、両方楽しめるような街はほかにはなく、まさにさまざまな文化のタッチポイントがYNKにはありますよね」(佐宗)
伊藤は、特別な仕掛けばかりでなくとも、日々の美しさに目を向ける少しのゆとりを生み出す装置があるだけでも目に見えるもの、意識が向く世界は変わるはずだと指摘する。
「このエリアはビジネスや経済の中心地ですが、路地など、ちょっとひと息つける要素が混ざっているのが魅力です。今後は日本橋川沿いに水辺空間ができると聞きました。例えばビル街にいても夕日は毎日沈んでいるわけで、そこへと意識を向けられるスペースや仕組みがあればいいですね」(伊藤)
こうしたそれぞれの視点を受けて、佐宗はこう、トークセッションを締めくくった。
「日本は世界で一番、百年企業の数が多い国のひとつとされ、海外からは"古いものと新しいものが両方ある国"というイメージをもたれています。そして、この歴史の長さはこれからの豊かさを考える層にとって、今やひとつの価値となっています。このYNKエリアが日本の入口/出口として、老舗企業とスタートアップ、若者達と旦那、大規模ビルと路地等相反するものが混じり合いながらその魅力的なストーリーを発信する仕掛けづくりをまた議論していけると嬉しいです」(佐宗)
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