地域の課題解決ができる思考を鍛える、その革新性とは。
捨てられていたみかんの皮を利用して商品開発する、消費が減少するりんごの魅力を情報発信しようと「りんごカフェ」の企画・運営をする、“緑のダイヤ”の異名をとる高級なぶどう山椒が全国トップのシェアを持ちながら後継者難に陥る状況を何とかしようと商品開発するーー。
そんなユニークで、挑戦しがいのあるテーマに、マーケティング手法を使って取り組んできたのが、龍谷大学経営学部・藤岡章子教授(写真)が率いるゼミナールだ。
「私の好きな言葉に“見る前に跳べ(Leap before you look)”があります。イギリスの詩人W・H・オーデンが書いた作品なのですが、私のゼミの基本姿勢は、まさにまず行動。考えるのはあとでいい。今は正解のない時代といわれますが、それは正解が複数あるということでもある。その正解をどうすれば見つかるかではなく、どうやってつくっていくか。そのきっかけを提示するのが私の仕事です」
実はこの藤岡ゼミやそれ以外の科目が、来年度から、経営学部のなかに新設される「商学科」に移ることになった。
今、なぜ商学科なのか?
商学科開設の背景には、ビジネス環境が変化し、経営の在り方も求められる人物像も多様になってきていることがある。25年度から龍谷大学経営学部では、経営学科は従来の延長線上にあるスケールアップ志向型、商学科がイノベーションを期待されるスタートアップ志向型の人材を育成する。商学科では現地に足を運び、人との対話などを通じて物を見る“解像度”を上げる「フィールド系」を中心としてカリキュラムが組まれる。
「現場で企業や地域の方から話を聞き、学びを深めるうちに、自分に足りない部分が見えてきます。すると自然にもっと勉強したいという欲求が高まるのです。そこで講義で聴いたり、文献にあたったりして得た知識がつながる。“実践と知識の往還”のなかで学生は成長するのです」
藤岡教授によれば、そもそも経営学は、製造業が規模拡大とともに「組織」として生産効率を高める学問として生まれてきたという。だが価値観が多様化し、市場が刻一刻変化する今こそ、「商い」や「事業」にフォーカスしたアプローチも重要になってきていると指摘する。だから商学科なのだ。
「スタートアップはもちろん、企業で働きつつ、10~20年先を見据えて事業の見直しや、新規事業の立ち上げをする。あるいは新しい市場をつくっていく必要はどこでもあると思います。つまりアントレプレナーだけでなくイントレプレナーの存在も重要なのです。そのためにはまず動いて、自分で切り開いていく人が必要となる。商学科ではそうした人を育てていきます」
1年生から「顧客とつくる市場」を学ぶ
商学科には、事業創造や運営の実践と知識を学ぶ「事業創造コース」と、マーケティングや流通の実践と知識を学ぶ「マーケティングコース」が開設される。商学科の新しい試みとしては、「チーム・ティーチング」がある。「商学科では教員が互いに知識を共有し勉強して、ひとつの科目を複数教員がチームを組んで担当することになります。それによってどの科目をとっても同じ授業の質が担保できるようになります」
藤岡教授の専門は「リレーションシップ・マーケティング」。顧客をセグメントしたりターゲティングしたりして囲い込み、コントロールするアメリカ型マーケティングに対抗するかたちで北欧や英国を中心に生まれた手法だ。北欧では、顧客をリソースのひとつとしてとらえ、価値を一緒につくっていくという姿勢。つまり企業と顧客は対等なのだ。
「顧客がともに良い商品をつくる仲間なんです。市場が成熟した今、顧客との関係性を深くして利益の最大化を図るマーケティングのほうが腑に落ちます」
商学科の「フィールド系」を自認する藤岡ゼミだが、現場や人とのつながりを大事にする研究を進めることで、学生にどんな変化をもたらすのだろうか。
みかんの皮の場合、きっかけは2014年、ゼミ生がオレンジコーヒーを開発した京都市の水道水のPRイベントだった。
そのオレンジを提供したのが和歌山県有田市の農業法人。それが縁で同法人の園地開放イベントを手伝ったとき目にしたのが、大量のみかんの皮。捨てられる皮を活用したいと、商品開発が始まった。
例えば基礎化粧品を開発するグループでは、原液からつくる必要があった。それを一緒に試作してくれる会社を見つけるところからスタートする。
20社リストアップしたが断られ続け、20社目でようやく承諾を取り付けた。そのOEMメーカーの協力を仰ぎながら完成。手に取りたくなるパッケージデザインの作成やPRも学生が行った。
「できるだけ手伝わないように我慢しています。失敗していいよと言っているので。失敗から学ぶことができる場を設けようと思っています」
地方にも、学生にも変化を起こす
学生にも変化が表れた。「教えてくれるだろうと、他人任せだった学生が、自分の手と頭を使って考えるようになりました。自分ごととして考え、自分に何ができるかを考えるようになった。コロナ禍ではバーチャルオフィスを活用しましたが、“そろそろ寝なさい”と言わなければいけないぐらい夜中までゼミ活動にのめり込んでいましたね」
みかんの皮から化粧品やうどんなどを商品開発した成果を、藤岡教授が滋賀県の研修会場で報告していたところ、和歌山県有田川町の職員が声をかけてきた。
「町特産のぶどう山椒が、高齢化で後継者がいなくて困っているんです」
その一言から町と包括連携協定を締結、「ぶどう山椒の発祥地を未来へとつなぐプロジェクト」が始まった。山椒を使った製品の市場調査を行い、収穫を体験しつつ生産者と交流を重ねた。
ぶどう山椒の可能性を示すため商品開発を開始。神戸のカレーショップとレトルトカレーを、京都の菓子店とマドレーヌを、京都の餃子専門店と餃子などをそれぞれ共同開発し販売もした。これまで13の新規商品が開発され、売り上げの一部で苗木を購入し生産者に寄付した。
有田川町も移住や新規就農をバックアップする施策を展開した。
「20~30代の若者が移住し、山椒の生産を始めましたし、“山椒はもうかるらしい”という声も広がり、新しく苗を植える動きも増えたようです。SNSだけでなく冊子を使ったりして、山椒はこんなところで食べられているというPRもしたので県内外で知名度が上がって、何とか未来につなげられるかなという状況です」
ゼミで鍛えられた学生たちの、卒業後の活躍は多岐にわたる。
食品メーカーへの就職が比較的多く、マーケティング関係の仕事、空間デザイナー、生協のバイヤー、銀行、住宅業界、そして行政……。なかには有田川町役場に就職し、農家のために駆け回っている卒業生もいるという。
来春スタートする商学科、どんな学生を育てようと考えているのだろう。
「チェンジメーカーを育てたいですね。自らが動いて問題解決に挑み、渦の中心になって状況を変えていく人。自分の利益を最大化するだけでなく、地域や社会の利益を増やすことも考えられる人。自分以外のために行動することを喜びと感じ、チャレンジをいとわない人を育てたいと思っています」
龍谷大学経営学部
https://www.ryukoku.ac.jp/biz/
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実は北欧が最先端。現場から学ぶ「マーケティング」とは
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ふじおか・あきこ◎龍谷大学経営学部教授。専門はマーケティング、事業システム戦略。2000年、京都大学大学院経済学研究科組織経営分析修了。龍谷大学経営学部専任講師、准教授を経て15年より現職。京都市出身。