疲労感は医学的に未知の領域
竹本大輔(以下、竹本):中富先生は学会でお見かけしたことがあり、お会いできることを楽しみにしていました。中富康仁(以下、中富):私はもともと大阪市立大学で臨床や研究をしていたので、学会で発表する機会がよくあります。疲労感はありふれた症状ですが、実は医学的にはまだわからないことが多いんです。
病院で検査して異常がなかったら、「ストレスです」とか「疲れていませんか」と聞かれることがありますが、それらは「もうそれ以上はわかりません」と言っているのに等しい。
そのわからなさに興味があり、研究していたのですが、大学の病院に来られる患者さんには「もっと早く診ていたら早くよくなっていたのに」と思う方がたくさんいらっしゃいました。町医者のほうがスピーディーに診察できるのではないかと思い、疲労に特化したクリニックを2014年に開業したのです。
竹本:私は、サントリーウエルネスに入社してからポリフェノールや成分セサミン、アスタキサンチンなど植物由来の機能性成分を研究してきました。その一環で、疲労感に注力してきました。疲労感のメカニズムは複雑ですが、ひとつの観点として、細胞の酸化が関わっているのではないかという仮説に着目して、研究を続けてきました。
「40代・50代の8割強が疲労感を覚えている」。独自調査で発覚
中富:特に疲労感を覚えやすくなるのは40代以降と言われています。自然と老化が進み、それが日々の生活に影響を及ぼします。加えて40代・50代はビジネスにおいてもさまざまな責任を負わなければならない世代ですよね。人によっては子育てや介護など家庭の事情も関係して、日々の不安も出てきます。そうすると、健康診断の結果から運動するよう医者に言われても、それをする余裕も生まれにくい。疲労感で頭が働かないとか、仕事が進まないという人もいますし、休日に寝っぱなしになってしまう人もいます。
竹本:当社が40代から50代の男女1,000名を対象に行った疲労感に関する調査*1では、「6カ月以上疲労感が続いている」と回答した人が86%に達しました。ここまで多いとは思っていなかったので驚きです。疲労感を感じるシチュエーションとしては「朝の目覚めがよくないとき」が38.5%の1位でした。
中富:ダメージを軽減するうえで重要なのが睡眠ですが、十分にはとれていないのでしょう。
竹本:寝付けない人も32.1%と高い数字でした。
中富:日が落ちて暗くなってくると、いわゆるメラトニンという睡眠のホルモンが増えていくのですが、夜になって、また寝る直前までパソコンやスマホで作業しているとメラトニンが現れず、寝付きにくくなります。さらに、日中に最大限パフォーマンスを発揮しようと思ったら、個人差はあるものの、7〜8時間の睡眠が必要だと言われています。
竹本:睡眠の質を高めるにはどうすればいいのでしょうか。
中富:まずは睡眠時間を確保することが重要です。眠りを深くするには、日中にある程度運動したり活動したりする。いわゆる「スリーププレッシャー」です。ただし、忙しかった後に運動するとかえって眠れなくなることもあるので、余裕のあるなかで行うべきです。
デスクワークをしているなら、時々立ち上がって歩くのも一手ですよね。血の巡りがよくなるし、クリエイティビティも刺激されると思います。毎日、同じ時間に起きることが大事なので、逆に、週末の寝だめはよくないとされています。かえって疲労感を溜めてしまいます。
疲労感と細胞の「サビ」
中富:厚生労働省が公表している『令和5年版過労死等防止対策白書』でも指摘されていますが、長時間労働による疲労感は、放っておくと中高年の体に大きな影響を与えます。生活が乱れ気持ちが落ち込む原因にもなります。深刻な事態へと発展してしまえば、当然、企業側も責任を問われます。竹本:早めの対策が必要になりますね。疲労感を放っておくと、体にはどのような問題が起こってきやすいのですか。
中富:不調のサインはさまざまに現れ、健康被害が進んでいくことが医学的に知られていますが、例えば疲労感が蓄積し、睡眠も不足すると、レプチンなど食欲を抑制するホルモンも減るので、太りやすくなるし、免疫力も下がると言われています。
竹本:呼吸に必要な酸素から発生する活性酸素は、増え過ぎてしまうと細胞に傷をつけます。私たちはその傷を金属が酸化することにちなんで「サビ」と表現しています。細胞が「サビる」と酵素の働きが低下するので、細胞のエネルギー源であるアデノシン三リン酸(ATP)をつくる速度が落ちていく。そうするとエネルギー不足で細胞の働きが停滞し、脳や筋肉といった体の組織の働きも低下します。以前よりも走れなくなったりすぐに息が上がったりと、パフォーマンスを十分に発揮しにくくなるのです。
中富:日々生きている以上、古くなった細胞は入れ替えないといけないので、壊すという作用も含めて活性酸素は必要なものですが、それはシーソーのようなものです。活性酸素の割合が増えてしまうと、「サビ」が広がってしまう。シーソーがどちらかに傾かないようにバランスを保ちながら自分の体のリソースを保つことが大事です。
疲労感は自律神経とも関連するので、疲労感が溜まってくると自律神経にも不調を来すことがありますね。日々の仕事や家事などで余裕がなくなると、交感神経優位になり、休んでいても脈拍が早いなどの不調が現れやすくなる。「もう少しできるけどこの辺にしておこう」など、日々のタスクを先延ばしできるような、ゆとりがあることも大切なことですね。
疲労感に耳を傾けよ
竹本:健康的な生活のために必要な要素として、例えば厚生省のe-ヘルスネットなどを見ると、食事、運動、睡眠が挙げられています。私たちは食事に注目し、食品の中にある成分の抗酸化作用を研究してきました。抗酸化作用には次のような働きを見出すことができました*2。1つ目は活性酸素を打ち消す働きで、2つ目は活性酸素をつくる酵素を抑制する働き、3つ目は抗酸化物質を増やす働きです。中富:睡眠中に出るメラトニンも抗酸化作用があるとされる物質ですね。
竹本:体の抗酸化力は加齢とともに落ちていきますが、減少を食い止めるために、運動や生活習慣をきちんと取り入れることが重要ですよね。やりたいことをやる余裕もでてきますから。40、50代からでも遅くないので、自分に合う対策を見つけて、ケアをしっかりしていただきたいです。
中富:体の疲労感は、不調を知らせる大事なセンサーです。忙しいという理由で、健康診断で発覚した問題を放置するビジネスパーソンもおられますが、40代・50代は特に気をつけなければなりません。疲労感を残さずにパフォーマンスを向上させれば、クリエイティビティも発揮しやすくなるし、心に余裕があればひとに優しくなれる。まずは、疲労感にちゃんと耳を傾けることが大事です。
*1 40代・50代の疲労感の感じ方などを調べるため、サントリーウエルネスが24年8月30日〜同9月5日、インターネットリサーチにより、40代・50代の男女計1,000人に実施したアンケート調査。日々どのくらいの疲労感を感じているかなど約10問を尋ねた。
*2 野澤義則・鈴木紀子「活性酸素と酸化ストレス応答」『東海学院大学紀要』10号,2016年, 1-12頁、二木鋭雄「活性酸素・フリーラジカルに対する防御システム 作用メカニズムとダイナミクス」『化学と生物』No.8 Vol. 35,1999年, 554-561頁
サントリーウエルネス
中富康仁◎疲れと眠りのクリニック淀屋橋院長。大阪市立大学医学部代謝内分泌病態内科学・疲労クリニカルセンターで疲労外来を担当しながら、疲労の臨床・研究を行い、2014年にナカトミファティーグケアクリニック(現・疲れと眠りのクリニック淀屋橋)を開設。日本疲労学会評議員、日本医師会認定産業医、日本精神神経学会精神科専門医。日本疲労学会研究奨励賞受賞。
竹本大輔◎サントリーウエルネス生命科学研究所研究主幹。医学博士。NR・サプリメントアドバイザー。