近年、円安と低金利により、海外投資家による日本の不動産投資が活況だった。ところが日銀が7月末に追加利上げを決定し、円が上昇している。投資環境としては懸念材料だが、ポスト・リンテル代表取締役社長兼CEOの坂東多美緒(写真。以下、坂東)は、日本の不動産は海外からの評価が高いと強調する。
「例えば日本で30億円の物件の利回りが3%だとしたら、新興国では6%になるかもしれない。それでも多くの機関投資家やファミリーオフィスは日本を選びます。総合的にディールを見て、新興国より物件の建築技術や権利関係の法整備がしっかりしている日本を評価する投資家が多いのです」
7カ国・地域の人材が多様な顧客の要望に対応
「不動産ソリューションカンパニー」を掲げるポスト・リンテルは、日本の個人や海外の機関投資家に対し、日本の不動産を活用した資産形成を支援している。これまで多くの海外の私募ファンドやファミリーオフィスに日本の不動産を仲介してきたが、坂東が特に海外を重視するのは、前職の経験があるからだ。坂東は2012年、市場開拓のためにマレーシアにわたった。日本の投資家に新興国の不動産を仲介するためだ。
「クアラルンプール市内のモデルルームをひたすら回り、飛び込み営業をしました。3日間滞在して10社ほどが興味をもってくださり、日本に帰国してから販売スキームを詰めていきました」
当時、海外の不動産を日本のサービスで提供する業者はほぼ皆無だったという。坂東は、新たな市場を切り開いたのだ。最初は日本の投資家に海外の不動産を販売する「アウトバウンド」だけだったが、為替相場が円安に転じた13年頃からは、海外の投資家に日本の不動産を販売する「インバウンド」も手がけるようになった。「私たちが展開していたマレーシアの隣のシンガポールには富裕層が多く、日本の不動産を買えば為替のメリットがあるのではないかと思いました。そこでシンガポールでチラシを配ったり、セミナーを開いたりして、販売を開始したのです」
こうした坂東の戦略と行動力により、売り上げは急拡大し、取締役を務めていた当時の会社は上場を果たした。しかし坂東は、どこか物足りなさを感じていた。
「前職では社員が5人のときから在籍していたので、一人ひとりと深い関係を築いていました。ところが会社が上場して規模が大きくなると、お客様の顔が見えなくなってしまったのです」
かつてのように一人ひとりのお客様に向き合いたい。坂東は独立を決意する。
「前職ではゼロから始めて、約10カ国・地域でクロスボーダー取引ができるようになりました。この経験を生かして、自分で事業を起こそうと思ったのです」
坂東は、17年にポスト・リンテルを設立。創業メンバーには、台湾出身で執行役員副社長兼COOのヤン・ジョーイと中国出身で執行役員 Capital market部部長の許斐(キョ・エダ)も加わった。いずれも坂東の前職でのつながりだ。ヤンは、台湾で英系不動産会社の日本市場責任者を務めていた。また、許斐は坂東が務めていた不動産会社に新卒で入社し、ともに海外事業を立ち上げた同志。3人は、日本の不動産と海外の投資家とをつなぐことでビジョンが一致していた。
同社は創業以来口コミで顧客を獲得し、現在では建設から仲介、アセットマネジメント、ビルメンテナンスまでをワンストップで提供する。日本の富裕層から海外の私募ファンドまで多様な顧客に対応するため、坂東は人材の多様性にこだわる。
「当社の顧客は多岐にわたり、投資スキームについても、シンガポールの方がお金をアメリカから日本に送金したり、香港の機関投資家が匿名組合出資スキーム(GK-TK)で投資したりとさまざまです。そうした一つひとつの要望に応えていくには、私ひとりだけではなく、さまざまな考えの人材が必要なのです」
そもそも創業メンバーからして多様なバックグラウンドをもつ同社には、日本、中国、香港、台湾、シンガポール、韓国、英国と、7カ国・地域をルーツとする55人の社員が在籍している。年齢は、上は60代から下は22歳まで。経歴も大手不動産投資信託(REIT)の取締役から工業高校卒業までと多様だ。
「アジアナンバーワンのソリューションカンパニー」を目指す
不動産の売買では、時に予想外のトラブルが起こる。そうしたなかで顧客の要望に応えていくためには、多様性を生かした常識にとらわれない対応が必要だ。「香港の投資家と70億円の物件の取引の際に、部品交換が必要な設備があったのですがどうしても国内で見つけることができませんでした。売主、AM、BM、仲介業者が八方に手を尽くしても探せなかったので、関係者は皆決済を延期する方向で話を進めていました。ただ当社の担当役員だったエダは最後まで諦めず契約1週間前に栃木の設備問屋さんに在庫があることをネットオークションで見つけたんですね。郵送では間に合わなかったのですぐに栃木に取りに行き、無事当初の予定通り物件の決済ができました」
わずか数千円の部品1つで数十億円の契約が延期する。それは金融機関や売り主も含めた関係者に大きな影響を与える。三方良しの取引をするためには先入観や固定観念にとらわれず最後まで諦めないという、坂東が社員に求めてきた信念がこの難局を乗り切る力となったかたちだ。
「顧客にとって必要なことは何か。社員には『顧客』を主語で考えることを常に求めています。『今までこうやってきたから』という固定観念は必要ないのです」
こんなこともあった。社内の稟議フローで担当役員が海外出張中のため承認できなかった。担当者からの相談に、坂東はすぐに稟議のフローを変える指示を出した。電鉄系不動産会社から入ったばかりの担当社員は「大手では絶対にありえないスピード感」とあぜんとしたという。
「『もっとやりやすいように変えましょう』と意見を言うのと『やりにくい』と思いながら日々を過ごすのとでは、仕事の質に大きく差が出ます。前者のような人こそが、当社では活躍できるのです」
顧客のために一人ひとりが考え、その状況における最適解を求める。そうすることで同社は、顧客に選ばれる存在になった。ポスト・リンテルが見据えるのは、「アジアナンバーワンのソリューションカンパニー」だ。
顧客の問題を解決し、顧客満足度においてアジアナンバーワンになるために、ポスト・リンテルはより幅広いニーズに応えていく。
「私たちは海外の機関投資家だけでなく、外資系金融機関にお勤めの方や外国人の医師など個人の高額所得者の不動産投資コンサルティングも行っております。数千万円の個人投資家から海外の数十億円単位の機関投資家の動向まで幅広く投資分析できるのが当社の強みになっています。物件規模も今は50億円ほどなので、200億円くらいのロットまで対応できれば、お客様の投資の幅がもっと広がる。顧客満足度がさらに高まるはずです」
ポスト・リンテル
https://post-lintel.com
ばんどう・たみお◎ポスト・リンテル代表取締役社長兼CEO。中学を卒業後に単身で渡米。帰国後、2007年に新興不動産会社デュアルタップに入社し、マネージャー、事業部部長などを歴任後、常務取締役に就任。海外不動産事業に注力するなど業容を拡大し、16年には同社を東証二部上場へと導いた。17年にポスト・リンテルを設立。