ナガセヴィータは、食品原料・医薬品原料・化粧品原料などを開発・製造・販売するバイオメーカーだ。起源は1883年(明治16年)創業の水あめの製造業、林原商店。昨年、創業140周年を迎え、今年4月に社名を林原からナガセヴィータへと変更した。
「『Viita(ヴィータ)』は、『生命・暮らし』を意味するラテン語『Vita』に『i』を加えた造語です。『i』が仲良く並んだ『ii』は、人が並んでいるように見えます。それは寄り添い合う生命の姿を想起させる、共生と共創のシンボルだと私たちは考えています。世界中のあらゆるステークホルダーと手を取り合い、生命に寄り添いながら、人と自然・地球が真に共生する未来を共創していく―。新たな社名には、そうした強い決意が込められているのです」
自然の恵みと人間の知恵が生み出した奇跡
2018年に代表取締役社長に就いた安場直樹は、自身も神戸大学農学部でバイオテクノロジーを学んできた。自身の知識・胆識を研ぎながら課題を究める者、すなわち研究者の魂を宿した経営者だ。「甘いものが貴重だった時代に『自然の恵みであるでん粉(=太陽の光エネルギーと空気中の二酸化炭素と水から光合成によって生み出され、植物の実や根、地下茎などに蓄えられる)』から水あめの製造を始めました。明治維新の後、あらゆるモノやコトが目まぐるしく変わっていくなか、『甘い水あめで人々の心を潤したい』という強い想いがそこにはあったに違いありません」
激動の明治期に始まった同社の歴史は、『自然の恵み』と『人間の知恵』をかけ合わせることにより、その時代を生きる人々に幸せを届けようとする努力の積み重ねであった。
「大きな転機になったのは、1959年に酵素糖化法によるぶどう糖製造の工業化に世界ではじめて成功したことです。私たちの『自然由来素材と酵素・微生物の力を生かしたモノづくり』は、ここから始まりました。その後、微生物が産生するさまざまな酵素を発見し、次々と高付加価値糖質の開発に成功しています」
偉大な研究成果は、運だけでもたらされるものではない。積み重ねてきた研究を基礎としてはじめてなしうるものだ。
創業以来、林原に脈々と受け継がれてきた生命に向き合う姿勢が、現在のナガセヴィータの主力製品「トレハ®」の誕生につながっていく。
「『トレハ®』は、94年に当時の林原が世界ではじめてでん粉からトレハロースを安価に大量生産する技術を確立したことで生まれえたものです。トレハロースは自然界に存在している糖のひとつであり、特にきのこ類に多く含まれています。乾燥や凍結などの過酷な環境を耐え抜くときに、水の代わりになって組織を守る働きをしているといわれています。そのため、食べ物に利用すると食感の良さや美味しさを長く保つことができるなど、大変に有用な働きをするのです」
でん粉からトレハロースができるはずはない、というのが当時の学会の常識だった。しかし、林原には創業以来培われてきた、自由闊達(かったつ)な研究風土、常識や固定観念にとらわれない発想、そして社内の叡智を集結して大胆に推進していく強い意志があった。
「日本全国、さまざまな場所から採取した土壌のサンプルから菌を分離し、ひとつずつ丹念に調べていきました。対象となった土壌は2,000種類にも及び、まさに気の遠くなるような作業に研究員たちが明け暮れた結果、トレハロース生成酵素を産生する菌が見つかったのです。それは、岡山市の土壌から採取された微生物からでした」
新たな社名やパーパスとともに歴史は次なるステージへ
林原の社名変更プロジェクトは、2022年に本格的に始動していた。林原は12年から化学系専門商社「長瀬産業」の傘下に入り、すでに10年が経っていた。これは、同じNAGASEグループの「ナガセケムテックス」の生化学品事業を統合し、酵素事業を集約したことで、グループのバイオ分野をけん引する体制が整ったタイミングでもあった。
「23年には創業140周年の節目を迎えるということで、新たな社名と決意のもと今こそ未来へと果敢にこぎ出すときが来たと判断しました。当時、社内ではかねてパーパス(存在意義)の検討も進んでいました。そこでは、『自分たちは何のために存在しているのか』『何をなすべきなのか』について全社員参加型で言葉を紡ぎ出していくところから取り組みを行っていました。議論のなかで生まれてきた言葉を新しい社名にどのように反映させるかも含めて、全社員による共創でプロジェクトを進めていきました」
実は、新社名とパーパス「生命に寄り添い、人と地球の幸せを支える」の策定に取り組む以前の19年から林原は、同社の食品・医薬品開発技術を軸に「サステナビリティ活動の推進」に注力してきた。「20年にサステナビリティ方針を発表し、21年にサステナビリティ行動計画を策定して各部署の行動計画に落とし込み、年度ごとに進捗(しんちょく)結果をWebに公開しながら、PDCAを回して取り組みを進めてきました。活動の軸になるマテリアリティ『①健康寿命延伸への貢献 ②安定的な食料確保 ③社員エンゲージメントの向上 ④環境負荷の低減』は、部門横断で選抜した若手・中堅社員たちによって導き出されたものです」
創業時から自然の恵みと真摯(しんし)に向き合ってきたナガセヴィータにとって、サステナビリティ活動はあくまでも自社のそれまでの取り組みの延長線上にあるものだ。
「SDGsへの貢献を経営の道標として導入し活動を進めるなかで、『フードロス』をはじめとした食料システムが抱える課題や『世界的な栄養不足』など、食にかかわる事業を行ってきた私たちが取り組むべき課題として、あらためてとらえ直しているところです」
自社の食品素材が、「生産」「食品加工」「流通」「消費・廃棄」という食料システム全般への価値提供が可能であるとし、ナガセヴィータは「東京栄養サミット」「国連食料システムサミット」でコミットメントを表明している。さらに、国連の食料支援機関である国連WFPの「飢餓と貧困を撲滅する」という使命に賛同し、支援活動をも実施している。
また、ナガセヴィータは、EcoVadis社(世界180カ国・13万社以上の企業の持続可能性を評価するサステナビリティ評価機関)による調査において「環境に優しい、または生物を原料とした原材料を使用している」という点が評価され、2024年に最高評価の「プラチナ」を獲得している。
「私たちは、経営層から社員の一人ひとりに至るまで、まさに全社が一丸となって数々の取り組みを推進してきました。日本の地方に拠点を置いた企業であっても、志を高くもって真摯に取り組んでいくことにより、グローバルな評価は得られるのです。私たちは、その確信とともに今後も活動を続けてまいります」
地域から地球へ―。理想の未来を見据え、同社の挑戦は新たなステージに突入している。
ナガセヴィータ
https://group.nagase.com/viita/
やすば・なおき◎1984年、神戸大学農学部を卒業。ナガセヴィータ代表取締役社長。1986年、住友商事ケミカル入社。外資系企業3社で事業戦略と営業の経験を積み、2012年に長瀬産業入社。14年にライフ&ヘルスケア製品事業部長、15年から同社執行役員、林原取締役。18年、林原(現・ナガセヴィータ)の代表取締役社長に就任。