竹中工務店の情報エンジニアリング本部シニアチーフエンジニアで、経済産業省の政策実施機関「情報処理推進機構(IPA)」に設置されているデジタルアーキテクチャ・デザインセンター(DADC)のスマートビルプロジェクトで専門委員を務める粕谷貴司と、NTTコミュニケーションズ ビジネスソリューション本部 スマートワールドビジネス部 スマートシティ推進室長の塚本広樹が語り合った。
世界に遅れを取っている、スマートビル市場
内閣府が打ち出す「Society 5.0」の実現の場として、スマートシティの重要性は言をまたない。そして、都市型スマートシティを推進する上で要となる存在が、スマートビルだ。ビル全体にセンシング技術や通信インフラを実装し、管理システムの効率化やエネルギーの最適化を実現するスマートビルが果たす役割は大きい。NTTコミュニケーションズ スマートシティ推進室長・塚本広樹(以下、塚本)は日本の大型複合ビル自体が、世界と比較しても特別な存在だと語る。
「海外のビルはホテルやオフィスといった単一の用途に特化する傾向が強い一方、日本のビルはオフィスから商業空間、学校や交通ターミナル機能といった複合的な機能が集積されており、いわばビル単体が“ひとつの小さなスマートシティ” と言えます。そのため、日本においてデータの利活用や地域創生にかかわるスマートシティを推進するにあたり、スマートビルはその先行となるモデルケースになり得るのです」
一方で、IPAに設置されているデザインアーキテクチャ・デザインセンターのスマートビルプロジェクトで専門委員を務める粕谷貴司(以下、粕谷)は、日本におけるスマートビル市場の成長速度、技術発展スピードの遅さを危惧する。
DADCでスマートビルプロジェクトを率いていた際、世界のスマートビル市場が年10〜20%の成長率を示すのを間近で見ていた。ある調査では、2024年の1,174億2000万ドルから2032年には5,680億2000万ドルにまで成長するといった試算が示された。
「海外では認証やネットワーク接続、高度なセンシングといった機能など、スマートビルの性能や機能を発展させるユニコーン級のスタートアップ企業も登場している。それに対し、日本のスマートビル市場は伸び悩んでいます。日本でスマートビル市場を成長させるためには、ビルで扱われるデータの形式やアクセス方法などを整備することで協調領域を拡張し、スタートアップの参入やデータ基盤技術の海外展開を促す必要性があるのです」
スマートビルを取り巻く日本特有の環境
現在のスマートビルに求められている価値を、ビル管理者と入居者のそれぞれの視点から見てみよう。ビル管理者であればDXによってエネルギーの最適化や管理コストの減少を果たすBMS(ビル管理システム)であり、入居テナントにとっては脱炭素やウェルビーイングといった付加価値だ。竹中工務店が提供するスマートビルのデータプラットフォーム「ビルコミ(ビルコミュニケーションシステム®)」を用いて、カメラをはじめとしたセンサーによって得た人流や照明などのビッグデータをAIによって解析し、空調や照明などの最適化を果たすソリューションを提供。さらに、これらの集積したビッグデータを構造化して利活用するための空間分析基盤の構築にも注力している。
一方のNTTコミュニケーションズでは、ビル内で得られたデータを活用することによりサービスの最適化に取り組んでいる。顔認証や人流データを活用して電力や清掃ロボットの制御、セキュリティゾーンの確保を行うほか、ネットワークインフラやビル内部の商業空間でエコシステムを創出する仕組みづくりを進めている。AI空調制御によって電力消費を3〜5割ほど削減する。利便性と快適性を担保しつつ、コスト削減だけでなく温室効果ガスの削減といったグリーン面での価値を実現。デジタルの力によって、パーソナルサービスの高度化とサステナビリティの両輪を担保する形だ。
先述の通り、日本、特に都心部ではひとつの大型複合ビルにオフィス、レジデンス、飲食店などのテナントが集まり、昼と夜とでは別の顔を見せることも多い。加えて、労働人口の減少が危惧されており、ビルの運用維持自体が課題になってくるとも推測されている。その中で、複雑な制御が求められるのでスマートビル運用が求められるだろう。ビルPF(プラットフォーム)を具備したスマートビルの必要性が叫ばれるものの、普及に向けての障壁も存在している。
「スマートビル普及のための課題は、やはりコストです。スマートビルはデジタル費用がかさむということで、特に中小規模のビルへの適用は難しい現状がある。スマートビルを街全体のインフラとしてスケールしていくことで、経済的合理性をつくり原価を下げて広く普及させていくなど、ビルにまつわる既存のビジネスモデルを刷新していかなければなりません。そのためには、デジタル技術をオープン化していくことでスタートアップ企業を呼び込み、スマートビルにおける協調領域を増やしていくことが必要です」(粕谷)
スマートビル実現のために現状のコスト構造の変革が必要だということには、塚本も同調する。
「現在のビル開発ではプラットフォームやデジタル・アーキテクチャの標準化が未整備であるため、一件ごとにIT要件が異なっています。エンジニアリングの分野では省力化の仕組みが導入される一方、デジタルにおいてはビルごとにシステムエンジニアをアサインする必要がある。しかし、ビルの中で扱うデジタルの仕組みというのは、実際は過半数が類似のサービスです。もしデジタル・アーキテクチャの標準化が進んで再現性の高いモデルを実現できれば、コスト削減につながります。我々としては、徹底したコスト削減を実現する上でも、費用がかさまないビルPFも活用し、スマートビルの普及を実現させていきたい」(塚本)
加えて、粕谷はスマートビルの提供側におけるナレッジの不足という課題にも言及する。データ連携をするためには膨大なデータが必要となるが、現状では人間の手によって収集・管理されているデータも多く、ヒューマンエラーが絶えないのだという。その結果として、エンジニアリングのコストが跳ね上がることとなる。こうした課題を解決するためにも、標準化によるプロセスの効率化と調達コストの縮減が求められる。粕谷は「最終的にはビルのオーナー自らがDXに着手できるような環境を提供することが必要だ」と語る。
デジタルの力で、豊かな暮らしと街づくりを実現
こうした状況を受けて、粕谷が所属するDADCではデジタルプラットフォームやアーキテクチャの標準化や協調領域の拡大を進めている。また、NTTコミュニケーションズは竹中工務店や設計事務所とタッグを組みながら、統一されたビルPFを採用したスマートビルの実装を手がけている。「まさにベストプラクティスがあってこその標準化であり、NTTコミュニケーションズのようなアーリーアダプターに良い実例を提供していただくことで、それと並行する形で汎用アーキテクチャを構築する流れができてくる」(粕谷)
ベストプラクティスを通じて協調領域が見出されれば、参入するパイの広がりにまでつながっていくこととなる。その流れにおいて重要になるのがMaster System Integrator(MSI)の存在だ。MSIとはビルの設備、機械、電気、ICTネットワーク、データベースなど多岐にわたって専門知識を持ち、ビル全体のサービスの企画・設計から運用までを総合支援する人材や機能を意味する。ベストプラクティスを創出してきたNTT Comは今後MSI機能を強化し、次世代NW(IOWNなど)、先端ソリューションを実フィールドで実装することでノウハウの展開を目指す。
スマートシティ実現のためにスマートビルとそのデジタルにおける規格統一が喫緊の課題とされる中で、通信インフラ事業者だからこそ手掛けられることも数多くある。
「我々、NTTコミュニケーションズは、NTTドコモグループとしてビジネスの顧客やコンシューマーといったチャネルとのタッチポイントも豊かという強みがあります。そのため、ゼネコンや設計、デベロッパーに対しても提供できるソリューションを数多く有しています。その強みを生かして、スマートビルの普及とスマートビルPFの実装を目的に共創コミュニティを立ち上げることになりました。本コミュニティには、粕谷さんをはじめIPA・DADCなどの取り組みで主導的な立場にあるスマートビル業界のキーパーソンの方々に参画いただきます。
また、NTTグループではみずから街づくりプロジェクトも立ち上げており、スマートビルや街全体にデジタルの力を入れられるよう、チャレンジを続けています。街づくりの中では、先端的なデジタル技術を活用したソリューションの提供に加え、光通信の技術を活用したネットワーク・情報処理基盤であるIOWNによって高速大容量通信や膨大な計算リソースを可能とする通信インフラの整備、データセンターや教育機能まで含めたIT人材の誘致なども行っています。こうしたデジタルを活用した街づくりの知見をスマートビルへと還元できますし、将来的なスマートシティ実現にも大きく役立つはずです」(塚本)
「IOWNのような新たな技術によって、ネットワークの機器の統合やセキュリティポリシーの統一など、さらに合理性のあるアーキテクチャを実現できるはず。これによって、新しいビルディングタイプが生まれることに期待しています。新しいビルが生まれれば、そこにさまざまなサービスが加わり、最終的には個人の行動変容にまでつながっていくからです。
スマートビルによってビルの管理が楽になれば、管理者やサービス提供者はその分サービスへと力点をシフトできる可能性が生まれます。エレベーター連動や顔認証といったスマートビルの機能は、ハンディキャップのある人やベビーカー利用者など、さまざまな人たちが暮らしやすい環境につながります。そうやって豊かな場を創出していくことで、その土地やビル自体のポテンシャルも高まっていくのです。デジタル技術をしっかり活用することで、スマートビルは快適な空間として人々が集まり、にぎわいが生まれてくる。私たちはこの取り組みを通じて、未来にあるべき社会や街づくりを目指しています」(粕谷)
進化する日本のスマートビルは、“ひとつの小さなスマートシティ”としての未来像を示そうとしている。そこで描かれているのは、多種多様な人々が快適に過ごしながら、ビジネスや生活に新たな可能性をもたらす街の姿だ。
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粕谷貴司◎竹中工務店 情報エンジニアリング本部 シニアチーフエンジニア/独立行政法人 情報処理推進機構(IPA) デジタルアーキテクチャ・デザインセンター(DADC)スマートビルプロジェクト専門委員。
2008年に竹中工務店入社。09年よりワークプレイスプロデュース本部。14年より情報エンジニアリング本部に所属し、建物における情報エンジニアリングに従事。17年より東京大学大学院 情報理工学系研究科 江崎研究室に社会人学生として所属。BIMと建物設備システムの融合を目指して研究と実践を続けている。21年よりDADCに出向。22年4月にスタートしたスマートビルプロジェクトのリーダーを務め、現在専門委員。
塚本広樹◎NTTコミュニケーションズ ビジネスソリューション本部 スマートワールドビジネス部 スマートシティ推進室長。
NTTグループの法人事業におけるB2B2Xビジネスの創出を担当。大手ISP・データセンター事業者向けITアウトソーシングサービス立ち上げ交通事業者向け電子マネーサービスの開発、大手住宅メーカーのホームICTサービス事業開発支援、総合電機メーカーとのクラウド事業協業などに携わった。 現在は、デジタルツイン実現に向けたスマートシティ事業を担当。