がん医療の発展により、がんは治療を続けながら共存する時代となった。
しかし2015〜18年に国⽴がん研究センターなどが実施した調査では、がんの疑いと診断された時点で3分の1の⼈が離職を検討していると回答した。この課題に真正⾯から向き合う事業を立ち上げた企業が⽬指す、社会のあるべきカタチとは。CEOの軌跡から紐といていく。
「いつも」の生活が
「いつまでも」続くように
24年6月6日、大鵬薬品工業からがんに関する社会課題に取り組む新法人アリルジュが設立された。日本の生産人口の低下に伴う定年の延長、女性の活躍が進むなか、貴重な人材をがんにより失うことは大きな損失となる。アリルジュ代表取締役 森下真行(上写真。以下、森下)は「今こそ、がん患者さんに向き合い、サポート体制を整える必要がある」と語る。企業が体制を整えられないでいる理由のひとつに、治療を受けながら仕事を続けられる仕組みの不在や風土が醸成されていないことが挙げられる。上司や同僚、人事部などが、がんに対する正しい情報や治療と仕事の両立に対する適正な理解を得る機会は乏しいというのが実態だろう。
「いざ自分ががんになると、会社にどう伝えるべきか、病気を告白すればキャリアに悪影響を及ぼすかもしれないなど、いろいろな不安がよぎります。逆に上司や同僚、人事部などががん患者さんから報告を受けたとき、どのような対応をすればいいのか皆目見当がつかない。こうしたなか、遠慮や思いやりから生まれる誤解が重なり、がん患者さんは仕事がしづらくなり、職場の雰囲気が悪くなることもあるのです」
アリルジュ誕生の背景には、50年以上、抗がん剤の開発と提供を通じてがんと向き合ってきた大鵬薬品工業ならではの強みと課題意識があった。
「大鵬薬品工業はがん患者さんやご家族のかけがえのない、いつもの生活がいつまでも続くように願いながら仕事をしています。一方で、薬だけでは解決できない課題があることも理解していました。実際、内閣府の調査によると国民の半数以上が『がんになったら働きづらい』と回答しており、就労や職場復帰への不安がある。がんに向き合ってきた我々だからこそ、多くのがん患者さんが願う『治療と仕事の両立』を実現させたいとの思いがありました」
森下も身内のがんを経験し、心身の苦悩を目の当たりにしてきた。大鵬薬品工業に入社したのも、高校生のときに祖母が大腸がんで他界した際「副作用の少ない薬をつくりたい」との思いがあったからだ。また、入社後には祖父を咽頭がんで亡くした。さらに森下は、自らが骨髄移植のドナーになって入院したとき、同室で過ごした罹患者の思いを知ることとなる。
「がん患者さんたちが職場復帰への障壁を吐露していたのを耳にしました。それを機に、これまで募らせていた思いが沸きあがり、この状況は絶対に変えなければならないと、大きな使命を感じました」
がん患者の就労課題を解決する3つの要素
アリルジュの基本サービスは主に3つの要素で構成されている。1つ目は、罹患者、上司や同僚、人事部などの管理部門が何を確認し、何をフォローすればよいか、動画視聴を通じてリアルに学ぶことができる「アリルジュLEARNING」だ。「動画制作にあたり、がんになったことを同僚に言えなかったがん患者さん、逆に教えてもらえなかった同僚など、あらゆる立場の方に話を伺いました。この結果をもとに、病気を報告するには誰に、どのように伝えるとよいのか。またがん患者さんにどんな言葉をかけたらよいのかなど、実例を踏まえたうえで具体的なサポートのポイントについて紹介、解説をしています」
加えて「アリルジュLEARNING」は、必要な情報を習得できるAIチャット機能も備えている。
正しい知識と理解があれば、エンゲージメントの低下や人材流出を防ぎ、サポートする側、される側双方の安心感が育成される。その延長に“がんになっても安心して仕事を続けられる”企業風土が醸成されていく。「まずは知ること」が何よりも大事なのだ。
2つ目は、がんをはじめ、病気に罹患した社員に寄り添い、医療機関との連携機能を用いて復職と治療と仕事の両立を効果的にサポートするクラウドサービスの「アリルジュSUPPORT」。罹患すると気持ちに変化が起きる。自分の状況や悩み、気持ちを、チャット機能を使って会社のサポート部署などと共有する。
また、両立や休復職に関して紙ベースで行っていた診断書の入手・提出の手続きに加え、エクセルなどで管理していた個人情報をクラウド内で共有することで、どの書類がいつまでに必要なのかをナビゲーションする。これにより煩雑さが軽減し、抜け漏れを防ぐことができるのだ。もちろん、情報の機密性を厳守するためのセキュリティ体制も整えている。
「自宅療養中であっても、チャットで相談できることは、心理的ケアにもつながります。今後は主治医や医療に携わっている方々にも参画いただき、利用者が直接相談できる環境も整えていければと考えています」
企業で支援手続きや管理を行うスタッフにとっても意義は大きい。デジタルの力を使って安心を届け、書類管理などに労力を割かずに、罹患者に寄り添う時間を創出することが本サービスの役割だと、森下は考えている。
そして3つ目が、検診の正しい理解や意義にアプローチし、がん検診、健康診断の2次検査受診率を向上させることで社員の命を守る「アリルジュCALL」。
「日本のがん検診の受診率は、欧米や韓国に比べると突出して低く、がんから命を守れていないケースが多い。がんが進行する前に早期診断し治療を受ければ、就労の課題も軽減されます」
検診の重要さを森下は痛いほど理解している。叔母は大腸がんで亡くなったが、検診を受けていれば助かった命かもしれないと、今も後悔は尽きない。
すべての⼈に寄り添う 「コンシェルジュ」であり続けたい
アリルジュが目指すのは、患者や家族、企業、医療従事者、自治体、行政などすべての人に寄り添う支援。社名は「あなたに寄り添うコンシェルジュ」という言葉の一部を抜粋して名付けた。森下は「支援の拡充を目指し、質の高いサービスを提供し続けていきたい」と語る。「社名の通りあり続けることが私たちのバリューです。がんの治療と仕事の両立が当たり前となり、最終的にはアリルジュがなくても、がん患者さんを支えられる。そんな社会を構築していきたい」
もりした・まさゆき◎アリルジュ代表取締役、薬剤師。2009年大鵬薬品工業に入社。エリア学術職、抗がん剤マーケティング部ブランドマネジャー、社⻑室、経営企画部新規事業推進課などを経て現職。アリルジュのマネジメントのため、24年4月に一橋大学⼤学院経営管理研究科に入学。
社会貢献と企業利益の両立を目指して ゼブラフェス「ZEBRAHOOD」に参画
アリルジュは、ゼブラ企業を支え、社会課題解決と持続的な経営に挑むゼブラアンドカンパニー主催の取り組みに参画。ゼブラ企業とはユニコーン企業への過度な期待や過剰な資源の偏りへのリアクションとして、2016年に米国西海岸で生まれた概念のこと。アリルジュはワークショップやトークセッションなどを通じて、がんと向き合うための知識やサポート方法を多くの人に伝えている。アリルジュ
https://www.arirge.co.jp