その一環として、10月からは、スタートアップスタジオモデルの手法を採用した「スタジオプログラム」を実施する(募集期間:8月1日〜8月30日)。各分野の専門家が伴走支援することによって、難易度の高い社会課題解決型に挑戦する起業家を支え、短期間で確度の高い事業創出を目指す。
今回の記事では、ユニファ取締役CFOでインパクトスタートアップ協会の代表理事を務める星直人と、ガイアックスのスタートアップ事業部責任者であると同時にスタートアップスタジオ協会の共同代表理事の佐々木喜徳に話を聞き、インパクトスタートアップの現状と課題を明らかにする。
インパクトスタートアップに、今、想像以上のうねりが生まれている!
「社会課題の解決」を成長のエンジンと捉え、持続可能な社会の実現を目指す。それを使命として掲げ、活動するのが、星が代表理事を務めるインパクトスタートアップ協会だ。知識の「共有」、インパクトスタートアップのエコシステムの構築に向け、関与者の拡大を促進する「形成」、政府・行政との共創の場をつくる「提言」をしながら、インパクトスタートアップという存在を「発信」していく。この4つを戦略として掲げた活動を通し、「想定以上のうねりが生まれている」と、星は実感している。「われわれの協会は、立ち上がってまだ1年半ほどの組織です。それでも、当初の約6倍の138社が正会員として参画し、国内外の大企業11社からご支援をいただいています。こうした状況からも、インパクトスタートアップは今や黎明期を迎えているといえるでしょう。
その背景には、さまざまな要因があります。まず、『骨太の方針』にインパクト投資の強化が2年連続で明記されていること。そして、金融庁が、「インパクト(社会・環境的効果)」の幅広い関係者が協働・対話を行うインパクトコンソーシアムを設立したこと。加えて、GPIFのインパクト投資が解禁する方針を打ち出したこと。さらには、経産省によるインパクトスタートアップ育成支援プログラム『J-Startup Impact』が発足したこと等です。ボトムアップでスタートアップ側の仲間が増えているのと同時に、政府、あるいは社会が、インパクトスタートアップを大きくバックアップしてくれる機運が高まっているよう感じております」(星)
ボトムアップの部分に関して、「社会課題を解決したいという使命感をもってドアを叩いてくれる若手の方々が増えている」と肌で感じているのが、スタートアップスタジオ協会を運営する佐々木だ。そもそも、近年注目されている「スタートアップスタジオ」とは何なのか。
「アイデアがまだ固まっていない、それどころか、ときにはアイデアがない状態の起業家を伴走支援し、スタートアップとなる事業を立ち上げ、創業させることを目的とした事業です。事業内容は多岐にわたりますが、スタジオ側でスタートアップに投資を行い、そこから外部の投資家からの資金調達が可能なレベルにまで育てていくのが主な活動です。
スタートアップに挑戦して、成功する起業家というと、優秀で、運にも恵まれ、特別なキャリアを積んだごく一部の限られた人たちだと思われがちです。スタートアップスタジオは、さまざまな分野のプロフェッショナル集団からの支援を提供し、起業ハードルを下げ、より多くの人々が起業に挑戦してもらう環境をつくっています」(佐々木)
日本には、現在、20社ほどのスタートアップスタジオがあるという。そのうちの数社が集い、佐々木が中心となって発足したのが、スタートアップスタジオ協会だ。
「協会では、主に3つの活動に取り組んでいます。第一に、スタートアップスタジオという事業の認知拡大。次に、スタートアップスタジオの運営やスタートアップ創出のための知見の共有による、事業の解像度の向上。それから、行政との連携です。われわれのようにスタートアップをゼロから創出している組織体はまだ数が少なく、自治体を巻き込むなどして、事業、活動の拡大をさらに図る必要があると考えています」(佐々木)
「インパクトスタートアップは難しい」と思われがちな理由
星は大学卒業後、モルガン・スタンレー証券に入社。その後、12年間、東京・ニューヨークオフィスでM&Aアドバイザリーに従事していた。そして、2019年、インパクトスタートアップであるユニファに活躍の場を移し、取締役CFOとして財務戦略等を主導する。それまでの投資銀行でのキャリアも「天職だった」という彼が、ユニファへの参画を決めた理由のひとつは、娘の誕生だったという。
「娘にとって自分がどういう父親でありたいかを考えたときに、経済的なインパクトの大きい仕事という側面だけでなく、社会に大きなポジティブインパクトをもたらす仕事ができれば、娘に誇れる存在になれるのではないかと考えました。
私がニューヨーク本社から日本に帰ってきたのは、ちょうど待機児童問題がクローズアップされていた時期です。実際、私たちも、娘の保育施設を探すのに100件近く電話をかけたり、入所が決まった施設が家から遠く、想定外の引越をする必要性に迫られました。そうして、仕事と家庭の両立における困難や苦労を自ら実感したことも、その課題解決につながるユニファの事業内容への共感から、参画を決断する大きな理由のひとつとなったのです。
一口に社会課題といってもその内容は実にさまざまですが、自分がいかに深くコミットできるかという点では、その『痛み』に強い共感ができるかどうかが非常に重要なポイントです。前回の記事でヘラルボニーの松田さんも語られていた通り、多くのインパクトスタートアップは、その根底に、対峙する社会課題解決への深いモチベーションを有しています」(星)
ユニファに参画するにあたっては、「スタートアップの経営者という立場で、自分自身がどこまでできるのかを試したい」という気持ちも抱いていたと、星は語る。そこで直面したのは、インパクトスタートアップという事業形態ならではの難しさだった。
「インパクトスタートアップ以外の事業も含めて、それぞれの領域での難しさがあることは言うまでもなく、それが大前提です。その上で、インパクトスタートアップに関しては、『社会課題解決型の事業は収益性が低い』という一種の固定観念があって、投資家の方々からネガティブに見られやすいという点が大きな課題の一つでした。
さらに、もたらすインパクトの可視化も難しさの一つです。参考にできる前例がほとんどないこともあって、インパクトの具体的な測定や管理を意味するIMM*の情報はまだまだ限定的であり、スタートアップにおけるベストプラクティスがまだ世の中にないのが現状です。そういった中で、インパクトスタートアップ協会を通じて、さまざまなスタートアップ企業の取り組みや事例を共有し、今後活用できるフレームワークやプラクティスを創り上げていこうとしています」(星)
*IMM(Impact Measurement & Management:インパクト測定・マネジメント)
一方、スタートアップスタジオを通じて、起業家を支える立場から、インパクトスタートアップの課題を語るのは佐々木だ。
「0→1から支援していくわれわれだからこそ、見えてくる課題があります。まず、社会課題を解決したい思いは強いものの、その課題を解決することによって誰が利益を得るのか、つまり対価としてお金を誰が払うのかという点についての解像度が低い起業希望者が多く見受けられます。それでは、事業としては、まったく立ち上がりません。
また、解決したい課題を大きくとらえすぎた結果、困っている人の具体的な顔がイメージできなくなり、非現実的なビジネスモデルの構築に至る起業希望者が少なくないのも、課題のひとつです。このケースも同様に、仮説検証ができず事業化を進めることができません。そこでわれわれは、誰のどんな課題を解決して、誰がお金を払うのかを徹底的に検証するよう助言しています。
社会課題を解決するためには、まず事業を成り立たせる必要があります。その上で、社会課題を解決する仕組みを経済活動のエコシステム、あるいはバリューチェーンの中で機能させていく。経済的な持続可能性が、社会課題解決型の企業にも求められると考えています」(佐々木)
個別性の高い支援を受けられる「スタジオプログラム」
東京都が実施する「TOKYO Co-cial IMPACT」のスタジオプログラムでは、市場性の低い領域に対して、専門家集団の支援を受けられるスタジオモデルを採用する。このプログラムを運営するのは佐々木率いるガイアックスだ。起業家がより挑戦しやすく、短期のプログラム期間中に社会課題解決型の事業を創出することを目指している。「このプログラムの中では、『ステージゲート』の考え方を採用しています。ステージゲートとは、各起業家のステータスやビジネスモデルのステージに合わせて、適切な内容の支援を受けられるシステムのことです。そのため、全員が最初から最後のステップまで順番に進めていく一般的な支援プログラムとは違って、業種や進度などによって支援の内容が異なり、個別性が高い点が、このプログラムならではのユニークな点といえます。特に社会課題解決型の事業は顧客の顔が見えるようになるまで時間がかかるからこそ、プログラムが勝手に進まず、十分な時間を確保できるよう、こうした設計にしています。
加えて、各領域に強みをもつメンターを含む支援者が起業家と同じ目線で事業に取り組み、共に検証し、共に実装するという、スタートアップスタジオ特有の手法を最大限に活用していくことも、大きな特長のひとつです。必要に応じて、デザイナーと一緒にLPを制作したり、エンジニアの手を借りてMVPをつくったりすることもプログラムの一環として提供しながら、短期間で確度高く事業を創出することを目指します」(佐々木)
インパクトスタートアップの先達、ユニファの経営陣の一人で、インパクトスタートアップ協会の代表理事を務める星の目には、こうした「TOKYO Co-cial IMPACT」での試みはどのように映っているのだろうか。
「そもそもどんな領域でも、スタートアップという挑戦自体が非常に難しいのが大前提です。更にインパクトスタートアップに挑戦しようとすれば、ハードルがより高くなる側面もあります。その点をご理解いただき、手厚い支援を受けられるのは本当にありがたいことで、素晴らしい試みです。支援を必要とされているステージの起業家の皆さんには、この機会を逃さず、うまく活用していただきたいですね。
今後は、リスクを取らないこと、つまり挑戦しないこと自体が、社会、そして自分自身のキャリアにとってリスクとなる可能性があります。ここ10年ほどで時代が大きく変わって、スタートアップが本当にメインストリームになりつつあり、挑戦するには絶好のタイミングだと感じております。社会課題の解決にチャレンジして、われわれの協会の仲間と共に、社会に対してポジティブインパクトを創出し、より良い社会をつくっていければと思っています」(星)
「今まで、東京都は多くの自治体、事業所との連携のほか、これまでスタートアップのエコシステムを構築してきた実績があります。『TOKYO Co-cial IMPACT』の取組を通じて、社会課題解決の領域だけでなく、周辺のエコシステムの活用も可能になるでしょう。これは、起業家の方にとっては、一般の支援プログラムではなかなか得られない、大きなメリットになるはずです。
同時に、ここで生まれた成功例におけるノウハウは、東京都以外の地域におけるインパクトスタートアップ創出の仕組みづくりに活きるかもしれない。そういった点でも、『TOKYO Co-cial IMPACT』は意義深いプロジェクトだといえます。
社会課題を解決したいという強い思いをもちながら、持続可能性と成長の両立を目指す皆さんをしっかり支援していくので、臆することなく、まずはスタジオプログラムにご応募いただきたいですね」(佐々木)
TOKYO Co-cial IMPACT
https://tokyo-co-cial-impact.metro.tokyo.lg.jp
東京都が主催する、インパクトスタートアップの創出と成長を支援する事業。
10月~2025年3月に実施される「スタジオプログラム」では、広く社会課題解決に関心を持つ起業希望者に向けて、アイディエーションと仮説検証、起業手続きに至るまでをスタジオモデルによる各領域の専門家集団で支援。難易度の高い社会起業に挑戦する起業家を支え、短期のプログラム期間中に確度の高い事業創出を目指していく。「スタジオプログラム」は、応募受付中。申込締切は8月30日まで。
星 直人(ほし・なおと)◎ユニファ取締役/CFO。早稲田大学政治経済学部卒。同大学院修了。外資系証券会社であるモルガン・スタンレー証券の投資銀行本部に入社。東京・ニューヨークオフィスで約12年間勤務。テクノロジー・金融・コンシューマー領域を中心に幅広い業界における国内の大型経営統合案件、米国関連の大型クロスボーダーM&A案件を主導。一般的なM&Aアドバイザリー業務に加えて、アクティビスト対応や企業価値向上策に関するアドバイザリー業務にも従事。2019年にユニファへ参画し、取締役CFOとして財務戦略や各種戦略的施策を主導。2022年に一般社団法人インパクトスタートアップ協会代表理事に就任。
佐々木 喜徳(ささき・よしのり)◎ガイアックス執行役・スタートアップ事業部責任者。組み込み系ベンチャーやC向けインターネット関連業務の経験を活かし、フリーランスエンジニアとして独立。 その後、フィールドエンジニアリング会社の役員を経て、2007年にガイアックスに参画。スタートアップスタジオ責任者として起業家への事業開発支援や投資判断を担当。スタートアップスタジオ協会を立ち上げ、共同代表理事として、スタートアップ挑戦者の裾野を広げる社会活動に取り組んでいる。