現在、グローバルで注目を集めている新たな時代の屈折矯正、ICL。こうした新しい視力矯正も、誕生までの歴史があり現在に至っている。1990年代から約30年にわたり、医師として視力矯正の第一線に立ち続ける北澤世志博(写真右。以下、北澤)と中村友昭(写真左。以下、中村)。ふたりが見てきた視力矯正の歴史と最新事情を聞く。
屈折矯正に保守的だった日本
──おふたりの屈折矯正とのかかわりについて教えてください。中村:私は白内障手術に出合ったことがきっかけで眼科医になりました。手術そのものが洗練されていましたし、次の日には患者様が「よく見える」と喜んでくださる点にも引かれました。それから6~7年後に、「レーザーを使用する手術がある」と聞き、海外に視察に行ったのがレーシックとの出合いです。1998~99年ごろのことでした。北澤先生はそのころにはすでにレーシックを手がけられていましたよね。
北澤:そうですね。レーザーによる屈折矯正手術「PRK」を93年、「レーシック」は96年から始めています。日本ではまだ“レーシックって何?”といわれていた黎明期から手がけてきました。
中村:当時、目にレーザーをあてるレーシックに対して否定的な医師が多かったように感じます。
北澤:“近視は病気ではない”という考えが、眼科医のなかにあったからでしょう。今でこそ“強度近視は病的なもの”という考えが広まってきたと感じますが、当時は“近視は眼鏡やコンタクトで矯正するもの”という既成概念がありました。基本的に日本は屈折矯正にコンサバティブだったように思います。
フロンティア・スピリットは絶対に必要
──ところが、おふたりは新しい術式にもしっかり取り組まれてきた。中村:眼科は常にテクノロジーとともに進化しています。例えば、エキシマレーザーがアップデートしていくことでレーシックも進化していきました。また、新しいテクノロジーは、ヨーロッパを中心に次から次へと登場していますが、消えていくものもあります。そういった流れのなかで、新しい術式は約10年かけて確立していきます。10年たつと技術が安定し、安心にもつながります。つまり、医療とはフロンティア・スピリットが絶対に必要だということです。我々は、新しい術式や技術が出てきたらまず自分たちの目で見て、“それが本当に良いのかどうか”を確認することが重要だと考えています。
北澤:2003年に、中村先生に誘われて「有水晶体眼内レンズ」のライセンスを取りにオランダに行きましたね。有水晶体眼内レンズは目の中にレンズを埋植する術式で、近視が強くてレーシックが難しい方に適応できる視力矯正法として注目していました。目のなかに入れるレンズを開発した先生がオランダにいらっしゃったので、現地で講習を受け、術式の善し悪しを自分たちで判断したのちにライセンスを取得しました。
中村:ところがオランダでライセンスを取得したタイミングで日本のICLの治験が始まり、私はその臨床治験を任されることになりました。ICLは「有水晶体眼内レンズ」の一種で、レンズを入れる位置が少し違うものです。北澤先生とは、そこでいったん道が分かれることになりましたね。
北澤:そうですね。私はライセンスを取った有水晶体眼内レンズの普及に努めました。当時は自由診療で有水晶体眼内レンズを個人輸入。ライセンスを取得した93年から10年以上にわたり、レーシック適応外の方々に対応してきました。もちろんICLについては、中村先生と情報を交換しながら注目し続けていました。
中村:ICLは2010年に厚労省の承認が取れましたが、当時は術後の合併症を防ぐために「虹彩」と呼ばれる茶目の周辺にレーザーで穴を開ける必要があり、私たち医師の間でも“そのようなことまでする必要があるのか?”と、疑問視する意見がありました。
北澤:実際にICLを学会で発表しても、医師たちの反応は鈍かったことを覚えています。ターニングポイントとなったのは2014年、レンズ自体に穴が開いたホールICLの開発でした。虹彩に穴を開ける必要がなくなり、術後の合併症の不安が減ったことによって多くの医師がICLに注目するようになったと思います。ホールICLは大きな発明でしたね。これによって一般の方への認知も広がっていったように思います。
幅広い世代への対応がICLの課題
──ホールICLが登場して10年。現在どのような方々がICLを希望するようになっていますか?北澤:当初は芸能人やスポーツ選手など、一部の特殊な職業の方が希望していた印象がありましたが、徐々に一般の方にも認知度が広がり、この2~3年は会社の人や知人などからの口コミで一気に知られるようになったと感じています。身近な人が体験していると安心するのでしょう。特に、近視や乱視が強く、裸眼になったらまったく見えないので災害が起きたときに心配という方から希望が増え始めました。今は、眼鏡やコンタクトが煩わしく、裸眼のような生活を望んでいる「クオリティ・オブ・ビジョン」を意識した方が増えています。
中村:当院では、女性の希望者が増えている印象です。おそらく北澤先生がおっしゃったように、眼鏡やコンタクトが煩わしいと思われている方だと思います。また、医療従事者の希望も多く、昨年の当院実績では医師だけで81人、患者様の約15%を占めていました。やはり仕事柄、“歴史のなかで進化しているICLは安心だ”と感じられているのかもしれません。
北澤:かつてICLはレーシックを受けられない人のための術式でしたが、今はレーシックとICLの両方を選択肢として選べるようになっています。元々ICLは強度近視の人だけのものでしたが、2019年に日本眼科学会のガイドラインが改訂されて、視力0.1程度の中等度の人も要慎重適用となりました。比較的軽い近視でも受けられるようになり、より身近な視力矯正法になってきたといえるでしょう。
中村:「コスパ、タイパ」を重視しているZ世代からも支持されそうですね。
北澤:ICLの適応年齢は21歳から40代まで。今後求められるのが老眼への適応です。白内障の手術をすれば片目を遠くにして、反対を手もとにするモノビジョン方式で老眼を矯正できますが、やはり白内障になる前の老眼に対応したICLの遠近両用版が確立されることが理想です。日本でICLのライセンスをもっている医師は、年々増加しています。希望する方が増えていけば、要望をキャッチしつつさらにICLも進化をしていくに違いありません。
スター・ジャパン
https://jp.discovericl.com/
きたざわ・よしひろ◎福井大学医学部卒。医学博士。東京医科歯科大学医学部眼科 非常勤講師、東京医科大学客員講師を経て、2019年、医療法人社団豊栄会「アイクリニック東京」院長に就任。日本眼科手術学会理事。
なかむら・ともあき◎宮崎大学医学部卒。中京病院眼科医長を経て、1999年から中部地区でレーシックを手がける。2001年、名古屋アイクリニック開院。日本眼科学会指定屈折矯正手術講習会講師。平成医療短期大学臨床教授。