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2024.04.25 11:00

ジョルジオ・アルマーニが「モードの帝王」と呼ばれる理由

Photo by German Larkin

Photo by German Larkin

「ジョルジオ アルマーニ」。ファッションにそれほど興味がない人でも知っているであろう、このデザイナー自らの名前を冠したブランドは、長らくファッション界をリード、トレンドを超え、多くの普遍的スタイルを生み出してきた。各界から敬意をもって呼ばれる称号「モードの帝王」。その理由を改めて紐といてみたい。


ジョルジオ・アルマーニが1975年に自身のファッションブランド「ジョルジオ アルマーニ」を創業してから、2025年で50年の節目を迎える。ファッションデザイナーとしてのキャリアはゆうに半世紀を超えるが、自身のブランドを世に問うて間もなく、人々は賞賛を込めてアルマーニを「モードの帝王」と称するようになった。

驚くべきはその称号が、今もなおアルマーニを形容するにふさわしいということだ。毎シーズンのように流行が目まぐるしく移り変わり、新たなデザイナーが現れては消える。そんな群雄割拠のモードの第一線で50年にもわたって活躍し、帝王として君臨し続けることがいかに至難の業かは、想像に難くないだろう。前人未到なだけでなく、今後も達成するのは難しいに違いないその驚異的な偉業は、いかにして成されたのだろうか。

独創性の源となるキャリアの始まり


1934年7月11日、イタリア北部ピアチェンツァにて生を受けたジョルジオ・アルマーニ。家庭は中産階級で決して裕福ではなかったが、青年医師を主人公とする英国人作家A.J.クローニンの名著『城砦』に影響を受け、医師を志すようになる。そして国立ミラノ大学医学部に入学したが、3年生のときに自主退学し、イタリア軍へ入隊。医療班の一員として活動するなかで自分は医療に向いていないと悟り、新たな道を模索する。だが、こうして得た医学の知見は、のちにアルマーニの服に多大な影響を与えることとなる。

兵役の休暇中に就職活動を始めたアルマーニは、ミラノの百貨店「ラ・リナシェンテ」に勤めていた幼馴染みに相談。1957年に同店へ就職することとなり、ファッション業界での第一歩を踏み出した。程なく持ち前の美的センスと仕事への飽くなき情熱を発揮し、同店で目覚ましい実績を築いたアルマーニ。やがてファッションデザイナーであり、企業家でもあるニノ・セルッティと出会い、1962年から彼が始めた新しいメンズブランド「ヒットマン」にアシスタントとして移籍。のちにはメインデザイナーとなり、いよいよデザイナーとして頭角を現す。

約8年間でヒットマンを人気ブランドへ成長させたのち、アルマーニはデザイナーとしてのさらなる飛躍を求めて独立。ビジネスパートナーのセルジオ・ガレオッティとともに会社を設立し、ミラノに小さなオフィスを開いた。そして黒子としてさまざまなブランドのデザインやコンサルティングを請け負いながら研鑽を積み、1975年、満を持して自身のシグネチャーブランド、ジョルジオ アルマーニをスタートさせたのである。


モードに革新をもたらした数々の功績


その輝かしいサクセスストーリーは、すでにデビューコレクションから始まっていたといっても過言ではない。それまでのメンズウェアはテーラードウェアが主軸であり、厚く硬い芯地類と生地で体を鎧のように覆い隠すものばかりだった。誰が着ても画一的に見え、着心地も堅苦しい、そんなメンズウェアに疑問を抱いていたアルマーニは、旧態依然としたテーラードウェアの“構造”を解体。芯地類を取り除き、従来テーラードでは使用されてこなかった柔らかくしなやかな生地で仕立てることにより、柔軟かつ軽量で動きやすい着心地を実現。さらに人間の動作に追随しながら体型を美しく引き立て、着用者それぞれの個性を引き出す、革新的なメンズウェアが誕生したのだ。それまでは欠点だとみなされていたものが、実は欠点でなく長所なのだというアルマーニの考えに多くの人が共鳴した瞬間だった。

当時のファッションジャーナリストが挙って絶賛したアルマーニの革新的ウェアの背景には、学生時代に学んだ医学が大いに役立っている。人体の構造や骨格を熟知しているため、どうすれば美しく見せられ、動きやすくなるかを解剖学的に服へ落とし込めるのだ。こうしたアプローチは、医師を志したアルマーニならではである。さらに家業が老舗の高級生地商であるセルッティの下で、さまざまな上質生地に触れたことも少なからず影響を与えているだろう。

こうした着用者に寄り添い、その個性を何よりも大切にする服づくりは、アルマーニが初めてモードにもたらしたニュートラルカラーにも見て取れる。アルマーニが生み出したグレージュをはじめとするニュートラルカラーは、原色のように強い印象はない。だからこそ、着用者の個性を塗り潰してしまうこともなく、一人ひとりの魅力を引き出してくれるのだ。つまり、着用者が自分自身を服へ投影させる、余白が残されているのである。それはミニマルで洗練されたデザインにもいえることであり、アルマーニ自身も次のように証言している。

「私のつくる服は、着る人が服に着られてしまうことがなく、決して人を支配したり、自分以外に偽装させることもありません。その代わりに、着る人自身の個性を引き立て、それを良い光で照らし出すようにデザインされているのです」

アルマーニ / シーロスのメインエントランス

アルマーニ / シーロスのメインエントランス

知性に裏打ちされたクリエイションの源泉


あくまでもユーザーを中心に据えたアルマーニのデザイン思想は、その幅広いクリエイションすべてに貫かれていることも特筆に値する。例えばブランド創設40周年を記念し、2015年ミラノにオープンした美術館「アルマーニ / シーロス」。アルマーニ自身による設計・デザインの下、1950年に建設された広大な穀物貯蔵庫をリノベーションした同館は、建物本来のコンクリートを生かした無機質な空間が広がる。オープン当初は冷たい空間と批評されることもあったが、それは主役である展示物を引き立てるために無駄を排除した結果であり、服とまったく同じ信念が通底しているのだ。そして現在では知的なランドマークとして地域で愛され、若い世代がアルマーニの功績や良質なアートに触れる場として、ミラノっ子に親しまれているのである。

では、そのデザイン、美の源泉はどこにあるのか。そのひとつは、メンズのファーストコレクションに続いて1976年に発表された、ウィメンズのファーストコレクションに垣間見ることができる。メンズライクなツイードのテーラードジャケットにプリーツスカートを合わせた革新的スタイルは、男性に媚びるような装いとは一線を画す威厳にあふれていた。それは1960年代後半の女性解放運動ウーマン・リブを経て、ようやく実現しようとしていた女性の本格的な社会進出を予見したスタイルだったのだ。そうした人々や社会が次代に求めることを冷静に見据え、デザインへと反映させる知性こそが、アルマーニの創造を司る源泉のひとつなのである。

また、アルマーニはゴーギャンやマティス、ピカソやカンディンスキーのアート作品に惹かれ、自身のデザインもそれらにインスパイアされていると語っている。そしてカンディンスキーを例に挙げ、その作品をこう評している。

「カンディンスキーは抽象主義を通じ、伝統的な美術を一掃したことで知られています。彼の作品は、形式の漸進的な軽量化と思考の深化で構成されていました。その絵画は本当に軽やかで、紛れもない精神的な空間感覚をもっており、今も私を魅了するのです」

こうした言葉からも、その美的感性は、鋭く豊かな感覚だけではなく、洗練された知性に裏打ちされていることがわかる。アルマーニが生んだ芯地類を用いないアンコンストラクション(非構築的)仕立ては、まさに伝統的なテーラードウェアを一掃し、メンズウェアに軽やかな着心地とエレガンスをもたらしたのだ。

1984年の広告ビジュアル Photo by Aldo Fallai

1984年の広告ビジュアル Photo by Aldo Fallai

時代を超越したエレガンスを生む哲学


そして、さらに特筆すべきなのが、そうしたデザイナーとしての思想や姿勢が、自身のブランドにおいては一分もブレることなく、完璧なまでに一貫していることである。どんなに流行が移り変わっても決して迎合することなく、シーズンテーマによってスタイルをドラスティックに変えることもない。時代のニーズを汲みながら、磨き上げてきた自身のスタイルを実直に進化させていく。それがアルマーニ不変の流儀であり、彼自身の明確なビジョンそのものなのである。

「私のデザイン哲学は、過ぎゆくトレンドの追求ではなく、時代を超越した“スタイル”という考えに基づいています。その哲学により、私の服は長年着用できることを保証しているのです。それは美しさだけでなく、持続可能性の問題でもあるのです」

このような哲学を長年にわたって貫き通すことで、アルマーニが生み出した独自のスタイルこそが“タイムレス エレガンス”である。ブランド創設以来追求してきた“着用者の個性を最も輝かせる服”。それは一過性のトレンドとは対極的な、“着用者のスタイルとなる服”でもある。そんな時代を超越したスタイルでありながら、決してクラシックではなく、時代のニーズを満たし、現代的なモードを感じさせる服。それがデザインによってサステナビリティを先取りしていたともいえる、アルマーニの築いたタイムレス エレガンスなのだ。

革新的であり続ける完全無欠のクリエイション


ジョルジオ・アルマーニは自他ともに認める、完璧主義者として知られる。そのオフィスやショールームはミリ単位でインテリアが整えられ、店舗ではハンガーを掛ける間隔すら厳格に定められているという。そして今年90歳を迎える現在においても、健康的な肉体を維持して服を隙なくスタイリッシュに着こなし、現場の隅々まで目を光らせる。

その並外れたストイックさと徹底して貫く美学は、現状に甘んじることなく、あらゆる面で常に“最高”を求める、アルマーニの人生に対する姿勢そのものである。企業の経営者でもあるアルマーニは、グループ化が進む現在のグローバルファッションにあって、創業以来、独立企業であり続けている。それは自身ですべてをコントロールし、自身が求める最高の企業、最高のブランドであり続けるためなのだ。

それはアルマーニが生み出す服にもいえる。今より少しでも美しく、快適で動きやすく、着用者が末長く自分らしく着こなせる最高の服とは、どのようなデザインなのか──。そんな着用者を主役に据えた本質的な服づくりを驚くべき集中力と忍耐、そして飽くなき情熱を注ぎ、実直に追求してきたからこそ、アルマーニの服は常に新鮮な魅力にあふれるモードであり続けてきたのだ。

その人間を中心とした思想は、中世イタリアで始まった文化運動ルネサンスにも通じる。教会が発する神の啓示がすべてだった時代、人間中心の文化・社会の回復を目指した運動であり、他国やのちの時代にも多大な影響を与えた。あくまで黒子に徹し、デザイナーとしての自己主張ではなく、着用者を軸とする服づくりは、ダ・ヴィンチやミケランジェロ、ダンテらが主導したルネサンスの精神をアルマーニが受け継いでいる証左に違いない。医学を学び、人体を解剖学的に捉えて服へ投影する術も、科学と芸術を統合したルネサンスの象徴、ダ・ヴィンチの人体図が思い浮かぶのである。

「流行、当世風のファッション」などと訳される“Mode”という言葉。だがそこには、「革新」というニュアンスが多分に含まれる。つまりモードとは、普遍的なクラシックのアンチテーゼであり、常に革新的であることを宿命づけられたファッションともいえるのだ。そんな宿命に半世紀以上も身を捧げ、完全無欠のクリエイションによって革新的であり続けてきたからこそ、世界中のセレブリティやクリエイター、経営者らがその服を身にまとい、敬意を込めてジョルジオ・アルマーニを「モードの帝王」と呼び習わすのである。




ジョルジオ アルマーニ ジャパン
03-6274-7070
https://www.armani.com/ 


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Promoted by ジョルジオ アルマーニ ジャパン | direction by Akira Shimada(Forbes JAPAN) | text by Yasuhiro Takeishi