MUFG工芸プロジェクトの総合監修を務める東京藝術大学名誉教授・秋元雄史、そして本プロジェクトを担当するMUFG経営企画部ブランド戦略グループの前川史佳に本プロジェクトの取り組み概要を聞いた。
「工芸は意外と固定観念に縛られている。しかし、現代アートといわれる最先端の美術のなかにも、工芸的な取り組みや伝統的な考え方を取り入れている作家は多い。今回の展示では、工芸的な可能性と多様性を伝えられる作家の作品を集約しています。これまでにない、新しい視点から工芸を感じていただけたらと思っています」
総合監修の秋元雄史(以降、秋元)は、狭い領域として捉えられがちな工芸を幅広い角度から捉え、現代を生きる作家と、工芸に携わるものたちの挑戦を見守り、支えている。
ものづくりをおもしろがる
8月に三菱UFJ銀行本店ロビーで開いた「持続可能な未来のために-工芸の伝統と革新」では21人の作家・38点の工芸品を取り上げた。なかでも秋元がもっともユニークな視点を持つ作家だと表現したのは、陶芸作家 桑田卓郎(以下、桑田)の作品だ。「茶器の見どころの一つに『梅花皮(かいらぎ)』というものがある。梅花皮は技法の不備によって生まれる土台の焼き上がりと、その表面の釉薬のバランスの悪さから生じる亀裂のこと。彼はそれを拡大し、全面を梅花皮で表現しています。また、もうひとつの見どころは『石はぜ』です。これは素地の中に含まれた石が焼成によって表面に突出してくる現象です。この石はぜも、彼はわざと過剰に表現することで、観るものを惹きつける作品を生み出した。それはまるでオーバーな表現で笑いを誘うギャグマンガのようにも感じられます。
歴史のなかで、職人たちが生み出してきた価値や技はとても高貴なものに観えますが、時代を切り取ってみれば、桑田さんと同じような現象の連続だったのではないでしょうか」
秋元は「難しいことを考えるよりも、まずは作家自身が楽しむこと。それがなにより大切だ」と語る。
脈々と受け継がれてきた技術や景色、特徴のなかに新しいエッセンスやアプローチを加えることで、それはアートにも、作家の個性にもなる。ひいてはその着眼点こそ革新となり得るというわけだ。
九谷焼を代表する画法、赤絵細描(あかえさいびょう)の作家 見附正康の作品も面白い。瓔珞(ようらく)や七宝文と呼ばれる古くから伝わる文様を用いながら、コンピュータグラフィックで描いたかのように見える図柄を描写。伝統的技法を使いながら、新しいイメージを提示する大胆さが心地よくもある。
「伝統工芸の中には、あまり深く捉えられずにそのまま受け継がれてきている現象や表現がある。桑田さんや見附さんのような視点で作品を観てみると、実は見落としているものが結構あるのかもしれないと思うんですよね。価値とされる表現や技法を面白がれる彼らのような存在が、新しいものづくりの世界を開拓していくのだろうと思います」
工芸を支える産業の革新性にも焦点をあてる
今展示では、工芸を支える側の挑戦にも触れることができる。「堤浅吉漆店の4代目 堤卓也(以下、堤)の取り組みは非常にユニークです。木材のサーフボードを漆で仕上げた作品を展示していますが、サーフィンは自然と共存しながら楽しむスポーツであるにもかかわらず、ボードはケミカルな素材でできている。そこで木と漆により自然由来のボードを作り上げた。特定の人たちにとってシンボリックなものをつくり出していくというのは、デザインではなかなかできない。素材を扱う彼だからこそできるアプローチといえます」
堤の父親の代で年間100tあった漆の取り扱いは、現在23t程度まで激減。国産漆はこのうち2t程度しかなく、堤は漆文化の衰退に危機感を募らせている。
この作品は、工芸関係者が集まる場で堤が講演を行った際に、漆を復活させるには国や世代を超えた人々へのアプローチが必要だと気付いたことから生まれた。自身がストリートカルチャーを好きだったこともあり、サーフボードやスケートボード、BMXなど、これまで漆との縁がなかったジャンルに飛び込んだという。
堤浅吉漆店の4代目 堤卓也の作品
工芸は地場産業だ。布、漆、木材といった素材をつくる人々の営みが工芸を支えている。堤浅吉漆店は、強いニーズを持ったコアな人々に対して技術を極めた最高峰の素材を提供し、その技術力に感銘を受けた人々が自然発生的にその価値を広めていく。こうした連鎖がコアからマスへと広がる流れを生み出している。「多くの人々に認知され平準化すると、工程が簡略化され技術も標準化される。だからこそ開発段階では最先端を極め、追求する。ここがいちばん大変で苦労することではありますが、強いこだわりを持つ人々に向けてものづくりをすることが、後の広がりにつながっていくのです」
後継者不足、素材の枯渇。工芸にまつわる課題
「凛九(りんく)」は、東海3県で活動する伝統工芸の女性職人9人によるグループ。代表を務める伊勢根付職人の梶浦明日香(以下、梶浦)は、工芸を守っていくためには情報発信が欠かせないという。梶浦は元アナウンサーという異例の経歴の持ち主でもある。「伝統工芸は後継者不足が大きな課題となっています。これを解決するには、まず伝統工芸を知っていただくことが大切。工芸の真髄は守っていくべきものですが、情報の発信や作品の見せ方などは積極的に新しいものを取り入れていきたい。技術力の凄さをアピールすることは野暮といわれる世界でもありますが、受け継ぎ、磨かれてきた技術はやはり素晴らしい。それを若い世代の人々にも知っていただきたいと思います。また、女性が活躍できる職人の育成環境も整えていきたい。工芸に興味を抱いてくださる方がひとりでも増える活動を継続していきます」(梶浦)
梶浦は女性ならでは、若手ならではの視点や強みをいかすことで、新しい未来を切り拓こうとしている。
MUFG×工芸の両軸で伝統と革新あるものづくりを未来へ
最後に、今回の巡回展を企画したMUFG経営企画部ブランド戦略グループの前川史佳(以下、前川)に、金融グループが工芸品の展示を仕掛ける意義について尋ねた。「日本で生まれた企業として、日本文化の保全と伝承を行う責務があると感じ、社会貢献活動の一環としてスタートしたプロジェクトです。我々の強みを活かし、ピンポイントではなく、面を捉えた継続的な支援を実現することを大切にしています。そのためにまず重要視したのが従業員の共感性です。日本だけでなく世界にも支店がありますので、各地に在籍するすべての社員に工芸の素晴らしさを伝えたく、各地での展示を企画しました。一般の方々に知っていただくことはもちろんですが、社員一人ひとりがサポーターとなり、その点が線となり面となっていくことを活動のファーストステップとしています」(前川)
MUFGは10月、12月と、協賛した「Art Collaboration Kyoto」、「工芸アートフェア金沢」の会期に合わせて巡回展を実施。社員をサポーターにする試みの一環として、本巡回展に各地の社員を招待した。巡回展を見た社員からは共感の声、プロジェクトに携わる意気込みの声が寄せられている。
「全国でも有数の文化都市、京都の文化を支える大きな役割を果たしてきたのが『伝統産業・工芸品』であり、いつの時代も京都の生活や風習と密接に結びつきながら今日まで受け継がれてきたと認識しています。地域間の協調・連携に向けた更なる架け橋として『工芸』が位置づけられ、本プロジェクトを通じて地域との繋がりの強化、工芸に携わっていらっしゃる皆さまとの新たな関係性の構築につながることを期待しています(京都支店)」
「MUFG の展示が行われた工芸アートフェア金沢では、素晴らしい作品に触れられただけでなく、作家の方々から直接、作品や制作活動、文化の伝承に対する『想い』を伺うことで大きな刺激を得られました。改めて当社のパーパスに基づき、工芸プロジェクトを通じて社会に貢献していくことの意義や大切さを実感しました(金沢支店)」
前川自身も今プロジェクトに携わったことで、工芸に対する印象が大きく変わったと話す。
「工芸とは、古き良きものをそのまま守り続けることだけが大事だと思っていましたが、それは偏っていると気付きました。工芸は過去からの挑戦を積み重ねて、いまに残っている。現代の工芸の革新的な側面をしっかり引き出しながら、プロジェクトとして長期にわたって並走し、工芸をより良い方向に底上げしていきたいと思っています」(前川)
今後の巡回展示
「持続可能な未来のために-工芸の伝統と革新- 」展会期:2024年1月18日(木)〜26日(金) *予定
場所:大阪市中央区伏見町3-5-6 三菱UFJ銀行大阪ビル1F ギャラリーラウンジ
入場料:無料
会期:2024年2月19日(月)~2024年3月1日(金)*予定
場所:愛知県名古屋市中区錦3-21-24 三菱UFJ銀行名古屋ビル 1F通路
入場料:無料
MUFG工芸プロジェクト
https://www.mufg.jp/csr/social/contribution/priorityareas/preservation_and_succession_of_cultures/culture/index.html