毎年、数十億円の売上高がある企業でも、そこからさらに成長し100億円を超えるのは難しい。100億円の壁を越えられる企業とそうでない企業とでは、経営者に大きな差があると日本M&Aセンター代表取締役社長の三宅卓(写真)は指摘する。
「いちばんの違いは、100億円を超える企業の経営者は、壮大な夢を明確にもっていることです。なぜこういうビジネスをしていて、将来どうなっていきたいのかを自らの言葉で語ることができるかどうかです」
とはいえ、自助努力だけで100億円の壁を越えることは、日本経済がシュリンクしているなかでは容易ではない。M&Aをはじめとするさまざまな外部の力を活用してそれを支援するのが、日本M&Aセンターだ。
1+1を3や4にしていく
三宅自身も壁を乗り越えてきた過去がある。同社を1991年に創業してからの10年間、当初思い描いていたような成果を上げられなかった。そこで三宅は考えた。
「お客様からは喜んでいただいたものの、自分自身はサラリーマン時代の収入も超えておらず、これで本当にいいのかと、事業を見直しました。20年以上前の日本では、M&Aには乗っ取り屋のような負のイメージがありました。そうした誤った認識を払拭し、もっと広くこの仕事を普及していくためには、まずは信用を得なければならない。それを実現するために、上場を決意したのです」
そのビジョンに向かって突き進み、5年後の2006年、東証マザーズ市場(現グロース市場)への上場を果たした。その翌年には東証一部(現プライム市場)に市場変更し、周りの景色は一気に変わった。
「いい人材を採用できるようになりましたし、お客様の信頼も得やすくなりました。『上場している会社なら信用できるから相談に乗ってもらおう』という企業が増え、市場がどんどん広がり、100億円の壁を越える大きな力になったのです」
新たなステージに立ち、三宅はM&Aの理想が何なのかを真剣に考えるようになった。M&Aこそ、中堅・中小企業が壁を越えるための重要な戦略のひとつだからだ。勉強のために米国にも足しげく通い、三宅が導き出した理想の答えは、自社の成長戦略に基づいた買収だった。
「明確な成長戦略があり、それに基づいたストラテジックな買収をすることが大事であり、買収後も相乗効果が想定以上に生まれるよう、ポスト・マージャー・インテグレーション(PMI。M&A後の経営統合プロセス)をきっちり実行することが重要です。売り手は、その後もその企業が成長していくことを望みます。一緒になることで、1+1を3や4にしていくことが理想です」
地方からスター企業を創出したい
中堅・中小企業が次のステージに進むにはM&Aに加え、上場も選択肢のひとつだ。しかし、いきなりグロース市場に上場するのはハードルが高い。そこで三宅が推奨するのは、東京プロマーケット市場(TPM)だ。
TPMは東京証券取引所が運営する株式市場のひとつだが、グロースやスタンダードと違い、上場の際の内部統制報告書の開示が任意であり、株式の流動性基準などの形式要件がない。また、株主を特定投資家であるプロに限定することで、上場企業側の負担やリスクを軽減している。
「IPOしたい会社は山ほどあり、年間90社程度しか上場できない狭き門です。まずは、比較的ハードルの低いTPMに上場することをお勧めします。TPMでも信用力が増しますし、ビジネスがしやすくなります」
TPMで実績をつくってからグロースなどの市場に上場する企業は少なくない。日本M&Aセンターが支援したAIAIグループもその一社だ。
07年創業の同社は、駅前を中心に保育園を展開しているが、30代の若き経営者では駅前の一等地を借りることが難しく、年商16億円ほどからなかなか抜け出すことができなかった。ところが17年にTPMに上場すると、状況が変わった。
「一等地が借りられるようになったそうで、保育所の数が急激に増えました。しかも融資の際に連帯保証が必要なくなり、新設のペースが加速し、年商はあっという間に60億円まで拡大しました」
同社はわずか2年でマザーズ市場へのステップアップを実現し、現在では高齢者施設など別の事業も展開している。23年3月期の売上高は、100億円を超える。
100億円を突破するための手段は、M&Aや上場だけでない。PEファンドと提携する手もある。自社株の7割程度をファンドに購入してもらい、3〜4年後の上場を目指すのだ。ファンドは適切なアドバイスをしてくれるだけでなく、上場するために不足している人材をアサインしてくれる。三宅は、成長のためにPEファンドを有効活用すべきだと話す一方で、慎重さも必要だという。
「安易に出資してもらうのは考えものです。実力がないのに成長力があるように見せかけて高い評価額で出資してもらう人がいます。例えば時価総額を80億円と評価してもらって資金を援助してもらい、実際にそこまで成長できなかったら問題です。80億円で買ってくれる会社などありませんから、M&Aもできないし、上場もできない。第三者に相談するなど、成長戦略と資本政策を慎重に考えることが必要です」
大手企業の傘下に入るという選択肢もある。大企業の傘下に入れば、成長の確実性は高まる。三宅は、スタートアップにこそそれを勧める。
「米国ではスタートアップの9割がM&Aを出口戦略にしており、IPOは1割程度です。ところが日本の場合、8割がIPOで、M&Aは2割にも満たない。社会の役に立ちたいのであれば、大手の傘下に入って飛躍的に成長することも選択肢のひとつです」
日本M&Aセンターでは、こうした多様な選択肢を検討できる「社長の選択」という機会がある。中堅企業経営者数人が集い、これから取るべき成長戦略をとことん話し合っているのだ。
三宅がこだわるのは、地方創生だ。いくら東京にだけ活気があっても、地方の会社がどんどん廃業し、失業者があふれるような惨状になれば、日本が滅びていくという危機感があるからだ。
「25年には日本の360万社の中小企業のうち、245万社は社長が70歳以上。そのうちの127万社が後継者不在であり、この先10年で廃業していくといわれています。地方の企業がなくなれば技術が途絶え、雇用が失われてしまうので、なんとしてもくい止めなければなりません。TPMなどを活用し、地方経済を支える“スター企業”をどんどんつくっていきたいです」
そして、三宅が日本経済の再生のために視線を向けるのがASEANだ。
「日本の人口構成は、高齢化の進展によって若者が減っていくことが確実で、海外に出ていくことは不可欠です。私たちはシンガポール、マレーシア、タイ、ベトナム、インドネシアに拠点がありますが、シンガポール以外はまだまだ発展途上です。日本は技術力と開発力、信用力があるけど、成長力がない。反対にASEAN各国は、技術力や開発力はないけど、成長余力が大きい。両者は、互いに足りない部分を補うことができるのです。日本からASEAN、あるいはASEANから日本のM&Aを促進し、互いに成長する繁栄の絆を築いていければと考えています」
日本M&Aセンター
https://www.nihon-ma.co.jp
みやけ・すぐる◎1952年、神戸市生まれ。日本オリベッティを経て、91年に日本M&Aセンターの設立に参画。数百件のM&A成約にかかわり「中小企業M&Aのノウハウ」を確立し、品質向上と効率化を実現。2008年より現職。