「星のや東京」の美食を語るため、まず青森に目を転じたい。青森県十和田にある「奥入瀬渓流ホテル」は奥入瀬渓流沿いに佇む唯一のリゾートホテルだ。その美しい紅葉や新緑を目当てに多くのゲストが訪れるが、実はこのホテルの目玉は奥入瀬の渓流だけではない。館内のレストラン「Sonore(ソノール)」で供される青森県の食材をフィーチャーした現代的なフランス料理が国内外の食通たちから熱い注目を浴びているのだ。
この「Sonore」を一躍有名にしたのがシェフを務める岡亮佑だ。フランス料理の名店で研鑽を積んだ岡は、星野リゾート「ロテルド比叡」の総料理長を経て、「Sonore」の総料理長に就任。23年5月には「星のや東京」総料理長を兼任することとなった。言わば、生粋のフランス料理育ちである岡は、「星のや東京」を文字通りどのように料理するのだろうか。岡の手により一新された「Nipponキュイジーヌ〜美食の集い〜」を堪能しながら話を聞いた。
「東京の名物とはなにか?」
「『星のや東京』を象徴する料理をつくるのだから、東京の名物にヒントを求めよう、と考えました。まず浮かんだのは蕎麦、寿司、天ぷらですが、これらは皆、すでに確立された料理であってここからさらにアレンジするのは難しいですよね」「星のや東京」総料理長に、とオファーがあった際、実は最初は途方にくれたのだと話し出した岡。これまでは「その土地でしかつくることができない料理を創造する」という想いのもと、地域ならではの素材を活かし、伝統的な調理法で受け継がれてきた先人たちの知恵をユニークな視点と発想で現代的に表現してきた。たとえば「Sonore」では青森の食材や郷土料理をヒントにフランス料理へと昇華させ、内外の食通たちを満足させてきたが、「星のや東京」では同じ手法は使えないと感じていた。
「東京の食材と言ってもローカルなものが無いわけではありませんが、郷土色という点ではどうしても弱い。東京の良さは日本中から素晴らしいクオリティの魚、肉、野菜などが集まってくる、その求心力にあるわけです。また『星のや東京』に滞在される方にはインバウンドのゲストも多くいらっしゃることから、東京に限定せず、日本を代表する素晴らしい食材を選りすぐろうと考えるようになりました」
「ヒントは参勤交代にありました」
次に、その厳選された食材をどう一皿の料理へ仕立てるか――。その思考プロセスにおいて大きな一助となったのは“江戸”という要素であった。実は大手町は江戸城へ通う旗本や大名が屋敷を構えていたエリアであり、「星のや東京」が建つのは幕府を支えた名門・酒井家の上屋敷があった場所。現代の日本料理の礎が出来上がったのも江戸時代であることから、岡は自身のオリジナリティを江戸料理のエッセンスに求めたのだ。「文献を探したり、江戸料理の専門家の方にお話を伺うなど、自分なりに研究を進めるうちに“参勤交代”というキーワードが浮かんできました」
参勤交代⁉ あの日本史の教科書に載っていた、各藩の大名が1年交代で江戸と領地を行き来するという制度だろうか?
「はい、その参勤交代です。一般的には各藩の力を掌握するための制度だと言われていますが、実はこの大名の移動に伴い、多くの料理人も上京し、郷土の食材を持ち込んだり、逆に江戸の洗練された技法を持ち帰るなどして、大きな文化交流の機会となっていたそうなのです。そこで『星のや東京』では、コースごとに定めた地方が参勤交代で江戸へやってきたというイメージのもと、郷土色豊かな食材や調理法をフランス料理の技法で一皿の料理へと仕上げています」
なるほど、この日は岡総料理長が山形、島根、長崎の郷土料理からインスピレーションを得てコース料理を造りあげたということで、メニューには庄内藩、松江藩、島原藩とも記載されていたが、なんとも粋なはからいではないか。
フレンチの技法を踏襲し、徐々に高まる期待と高揚感
さて、実際にこの「Nipponキュイジーヌ〜美食の集い〜」を味わってみるとしよう。コースの最初に供されるアミューズには、そば粉のブリニにたっぷりと乗せられた国産キャビアがうれしくて、ひと口で食べてしまったが、注意深く味わえば胡麻油で香ばしく揚げたタルト生地が天ぷら、蕎麦粉のブリニが蕎麦、甘酒に浸した米が鮨をと、このひと口に江戸の三大料理が秘められていることに気づく。岡の「江戸の文化を現代の料理でつなぐ」というメッセージを力強く伝えてくれる一皿であった。ほかにも、山形の名産である漬物「おみ漬け」を使い、おみ→近江という洒落から、岡の出身地である滋賀県名産のビワマスをかけあわせた前菜も印象的だ。コンフィにしたマスの濃厚な旨味と、漬物のシャキシャキとした食感をチーズソースがふんわりと包み込む。
また、コース中盤には島根県の伝統であるという「うずめ飯」が登場。質素倹約を強いられた江戶時代にあっても美味しいものが食べたかった人々は具材を見られないよう、ごはんの下にうずめて隠して食していたのだそう。そんな成り立ちに倣い、すっぽんと鶏をベースにしたソースやトリュフの濃厚な旨味が白米の下に隠れて登場する。
さらに、メイン料理には岡が自身の出身地としてこだわる滋賀県の近江牛が登場。香ばしく炭火で焼きあげられた熟成肉の付け合わせがまたユニークだった。長崎の郷土料理であるピーナッツ豆腐からインスピレーションを得た料理だ。
「ピーナッツ豆腐は長崎県五島列島の小値賀島(おじかじま)に伝わる郷土料理でして、島の特産物である落花生をすり潰し、葛粉と混ぜて作っています。地元で採れる落花生を土地の人々が愛し、食してきた食文化に敬意を表しつつ、私なりの“地産地消”を表現しています」
このコースをアミューズからメインまで通しで体験してみると、料理への期待値と高揚度が一皿ごとに増していくことに驚かされる。少量のごはんをはさむものの、メインの肉料理が最後に登場するのはあくまでフランス料理のスタイルだ。
「日本の食材、そして出汁や発酵など和の調理法を使いますが、私のスタイルとベースはあくまでフランス料理。メインのお料理に向けてゆるやかに気分が上がっていくような味わいの設計図を描いています」
「まだ江戸への研究は半ばなので、たとえば1年後はもっともっと進化しているはずです」とも語る岡。ならばぜひまた再訪しようと考え、「それも一種の参勤交代ですね」と笑いあった。東京にいながらにして地方へ旅をし、また時間さえ飛び越えているような極上の非日常を体験できる……こんな参勤交代なら、1年を待たずいつでも何度でも訪れたいものだ。
「Nipponキュイジーヌ〜美食の集い〜」
料金/1名 33,880円(税・サービス料込、宿泊料別)
*状況によりメニューの内容、食材が一部変更になる場合があります。
公式サイトにて前日まで受付
“その瞬間の特等席”が味わえる「星のや」のダイニング
ラグジュアリーに圧倒的非日常を提供する「星のや」は国内外で8施設。各施設が独創的なテーマで、その土地の風土、歴史、文化をおもてなしに織り込み、訪れた人を日々の時間の流れから解き放ってくれる。ここではとくに「星のや沖縄」と「星のや竹富島」のユニークなダイニングをご紹介したい。「星のや沖縄」は、新鮮な魚介や柑橘類などの食材に共通点があるシチリア島(イタリア)に着目。多様な文化を取り込んだシチリア料理のエッセンスで、沖縄食材の新たな魅力を引き出す「琉球シチリアーナ」が人気だ。この秋には琉球王朝時代から続く「クスイムン(バランスの取れた食事は薬になる)」という教えと琉球シチリアーナのコンセプトを組み合わせて、「Bellezza(美)」へとつなぐ新コース「琉球シチリアーナ〜Bellezza〜」が誕生。
竹富島を含む八重山の島々には、一般的に知られる南国の食材だけでなく、自然環境や歴史が育んだ島特有の食文化が多く存在している。そこで「星のや竹富島」では知られざる島ならではの上質な素材や受け継がれてきた文化を、フランス料理の技法と新たな発想を用いた「島テロワール」として提案している。
星野リゾート
https://www.hoshinoresorts.com/