電力確保を巡る新たな課題を前に生まれたHTT
地球温暖化の要因とされる温室効果ガスを削減するため、脱炭素化に向けての動きが加速化するなか、老朽火力発電所の休廃止が進展している。そこに連なる需給のバランスの不均等から、猛暑時や厳冬期の電力不足が顕在化。加えて、石炭価格が世界的に高騰していることもあり、エネルギー確保が難しくなるなど、電力確保を巡る課題は日々鮮明になってきている。
この現状を鑑み、東京都が昨年より進めているのが、電力をへらす(H)、つくる(T)、ためる(T)の頭文字から取ったアクション「HTT」だ。東京都産業労働局産業・エネルギー政策部産業政策連携促進担当課長・黒川純は、その概要を次のように語る。
「昨年来の電力ひっ迫、電力危機といった当面のリスクを乗り越えるとともに、その先の脱炭素社会の実現に向けて生まれた取り組みがHTTです。都民・事業者へ働きかけるとともに、昨年7月には東京都および経団連や東商といった経済団体等とで構成するHTT・ゼロエミッション推進協議会を設置し、広くHTTの普及啓発を図っているところです。
中長期的なエネルギーの安定確保に向けて具体的に進めていきたいことのひとつは、電力の使用が少ない時間帯に電気を貯め、使用が多い時間帯に使う電力使用のピークシフトを目的とした節電マネジメントです。それに向けて、東京都では、太陽光発電の設備や蓄電池等の購入支援といった支援策も充実させていきます」
HTTの周知を進めるべく、林修を起用。「やってますか?HTT」を合言葉に、ポスター掲示やテレビCMを活用し、都民の関心を喚起し、賢く、スマートに電力を使うための行動変容を促すべく努めている。
「世界的なエネルギー問題を前に、企業にとっても脱炭素・環境問題への取り組みは、経営や事業活動を行ううえで無視できないものになってきていると思います。とはいえ、具体的な行動に移すとなると難しい部分もあるでしょう。そこで、東京都では、こういった潜在的関心層、特に中小企業に向けて、今年1月から『HTT実践推進ナビゲーター事業』を行っています。ナビゲーターが電話や訪問などで、さまざまな支援策をご案内させていただきますので、人がいない、時間がないという事業者は、いわゆるアウトリーチのようなかたちでご利用いただけるかと思います」(黒川)
東京都環境審議会第41回企画政策部会が作成した資料によると、東京都の部門別CO2排出量のうち、60%は中小規模事業所に由来する。脱炭素社会を実現するには、中小企業も含めた事業者からの協力が不可欠だろう。
そこで、HTTの普及啓発をさらに推し進めるべく今年8月31日より始まったのが、「HTT取組推進宣言企業」の登録制度だ。
「これは、事業者の自主的な取り組みを後押しし、HTTに積極的に取り組む企業を増やすための制度です。クールビズ、ウォームビズなど取り組みやすいものでも構いません。今回の登録制度をきっかけに、HTTに取り組む企業の輪を広げていければと考えています」(黒川)
東京都は、2050年のCO2排出実質ゼロに貢献する「ゼロエミッション東京」の実現を目指し、さまざまな取り組みを行っている。HTTはそのなかでも都と事業者とが協力していくことが不可欠の試みだ。黒川はこう展望する。「太陽光発電や蓄電池などの設備購入支援なども東京都では充実させつつあります。都と事業者とが協力して行う節電や省エネ、その一つひとつの積み重ねが、将来の脱炭素社会への実現につながると期待しています」
電力消費量を見える化し
全従業員が節電に協力
実際にHTTに取り組んでいる企業は、どのような取り組みを行っているのだろうか。昨年、東京都より、HTT優良取組事例として選定された東芝インフラシステムズ府中事業所 企画・管理部 エキスパートの小泉要一に話を聞いた。
「ここは東京ドーム約14個分の敷地があり、さまざまな建屋に分かれています。そこで、社内ポータル『デマンドEYE』を構築し、建屋別の使用電力目標に対し、使用電力がリアルタイムで表示されるようにしました。目標値を越えそうなときは、構内放送で抑制を呼びかけています」
東芝インフラシステムズでこの取り組みが始まったのは、2011年の東日本大震災がきっかけ。設備被害や原発事故に伴う電力供給低下により、政府は該当地域の企業に対し、契約電力の15%を削減(ピークカット)するよう節電施策を実施した。
「15%もの削減を実現するには今まで通りの省エネ対策では無理ということで、全員参加のシステムを構築しました。3月に地震が起き、5月にはリリースしたのでかなり突貫でしたが、社内でも『結果がすぐに見えるのがいい』との声が多く、つくってよかったと思っています。最近では、政府や東京電力から『使用電力を減らしてほしい』と依頼があり、放送をかけると目に見えて数字が下がるんです。やはり、『見える化』が大きいですね」(小泉)
ものづくりをしている現場では、電力を使わないわけにはいかない。そこで、デマンドEYEでは、使用電力がひっ迫している建屋は赤、ちょっと危ない建屋には黄色で表示されるようになっており、社内イントラを立ち上げるとすぐ使用状況が表示され、この色が目に入る仕組みになっている。
心理的な働きをいかにシステムに取り入れるかは、HTTを進めるにあたり重要な観点だろう。同社のマネジャー 村田禎は語る。
「HTTに取り組む具体的なメリットは電力を買わなくなり、キャッシュアウトを減らすことができる点。しかしここで重要なのは、トップダウンではなく従業員一人ひとりがHTTの主役となるシステムをつくることかもしれません。自分の行動が環境改善に影響しているという意識は、会社や働き方全体をよくしようという主体的な行動につながります。HTTのもうひとつのメリットは、そういう『いい循環』を生み出す力になることではないでしょうか」
HTT取組推進宣言企業
HTTに資する取り組みを進める都内企業を、「HTT取組推進宣言企業」として登録する制度。登録基準は「社員等が取り組みやすい」「他社にも普及可能である」など5つの基準のうち、いずれかに該当すれば登録となる。登録された企業は、東京都の中小企業制度融資の対象となり、登録証の発行、東京都のウェブサイトでの取り組み紹介といった特典が受けられる。申請は、2023年8月31日から受付を開始している。HTT取組推進宣言企業の登録申請
https://www.htt-sengenkigyou.metro.tokyo.lg.jp