――現在は根津アジア・キャピタル・リミテッドの創設者兼マネージングパートナーとして活躍されているわけですが、来日されてもうどれくらいになるんですか?
デービッド:かれこれ30年以上になりますね。初来日が20歳で上智大学に留学したときですから、1988年。その翌年に昭和天皇が崩御されて時代は平成に移り、バブル崩壊でしょう。日本の「失われた30年」をずっとこの目で見てきました。
――バブル崩壊からアベノミクスに至るまで、30年余りの日本経済を身をもって体感し、分析してきたデービッドさんですが、なぜこの本『投資家をファンに変える「株主ケア」』を書こうと?
デービッド:昨年、私はROE(Return On Equity:自己資本利益率)が高い企業とボラティリティ(株価変動率)の関係を研究しレポートにまとめたんです。その延長線上で、株主にとって安心できる企業とは、どんな企業行動を行なっているところなのかを、もう少し掘り下げて研究してみようと思い立ったんです。株主にとっての企業価値向上には、どんな要素や行動が必要なのかと。
すると今年の3月31日に東証が上場企業向けに大きな発表をしましたよね。これに後押しされるようにして本を書きました。
――東京証券取引所による「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」という要請ですね。
デービッド:そうです。持続的な成長と中長期的な企業価値向上を実現するためには、資本コストと資本収益性を十分に意識した経営資源の配分が重要。その「価値創造」の変理代数としてPBR(株価純資産倍率)とROEに注目すると。
――これを受けて、例えば大日本印刷やウシオ電機は自社株買いを行いPBR1倍割れを解消しようと動くなど、上場企業へのインパクトはあったように思います。この東証の要請についてデービッドさんはどう評価されていますか?
デービッド:良いアナウンスだったと思います。PBR1倍割れ企業は「価値破壊会社」とも言われるくらい、市場からの警告の度合いが大きなものですが、では日本の上場企業の現状はどうか。プライム市場の約半数、スタンダード市場の約6割の上場会社がROE8%未満、PBR1倍割れなんです。資本収益性や成長性といった観点で大きな課題がある状況です。
私はどうして日本にはこんなに上場企業が多いのか不思議なのですが、言ってしまえば、上場にふさわしくない企業もたくさんあったと思います。そのなかで、多くの上場企業の収益力が投資家の期待に沿えていないということ。東証が鐘を鳴らすのも当然と言えるのです。
その警鐘に共鳴するような形で、私も「株主をケアする方法とは何か」を考えるきっかけになる本を書いたというわけです。
なぜ「無配」企業が多いのか?
――「株主ケア」とは何かを探るために、この本ではROEとボラティリティの相関性分析や、ボラティリティと株主の潜在的規模のデータ分析を紹介するほか、日本企業の「特色」とも言うべき要素にも踏み込んで提言をしています。その一つが「無配」。
デービッド:「株主は無配であることに賛同している。なぜなら私たちが成長に集中する方針に賛成しているからだ」と、無配であることを正当化する企業がありますが、これはまったく株主をケアしていません。単純な話、貸借対照表に健全な額の資産があるなら、配当を支払うべきだと私は思います。調べてみて分かったことですが、無配企業のボラティリティは、配当を支払っている企業のほぼ 2 倍。つまり無配企業の株主は、いつ価値が乱高下してもおかしくない株価変動率を抱えた、いわば心理的安全性のない株を持ち続けていることになる。
これは株主にとって快適なことではありません。ビジネスクラスのシートに座って楽しい旅をしたいのに、エコノミークラスに座らせられているような状態ですよ。日本には「無配神話」があるのでしょうか。
――「無配神話」ですか。
デービッド:ご存知のようにアップルは長きにわたって株主不在の企業として成長し、今や世界最大手の企業の一つとなりました。日本の上場企業は、もちろん全ての企業がとは言いませんが、このアップルモデルを倣ってしまったところがあるのではないでしょうか。当然のことながら、全ての企業がアップルのようになれるわけがありません。むしろ上場企業が考えるべきことは、株式パフォーマンスをいかにして低下させないか。そこに尽きると思います。
日本には「おもてなし」がある
――企業が「株主ケア」をするにあたって社外取締役の役割についても本書では触れていますね。
デービッド:「株主ケア」を洗練されたものにするのは取締役会の仕事であり、さらに言えば社外取締役の役割が非常に大きい。
理論的には、社外取締役は社外ステークホルダーの利益を代表するために存在します。株主の味方ということですね。そして、社外取締役が多い企業のほうが社外取締役が少ない企業よりも評価が高いのは事実です。これは「株主ケア」の姿勢がある会社は自然と評価が高いということの現れではないでしょうか。
――労働人口がますます少なくなる高齢化社会では、金融収入に頼る人も増えるように思います。
デービッド:つまり投資家、株主がもっと増える時代がやってくるということ。企業の株主獲得競争が始まると思います。その時に株主=ファンの増やし方が問われるのです。言い換えれば、株主のケアの仕方が問われる。配当をどうするか、自社株買いで株式価値をどう上げるか、株主優待をどのようなものにするか。
――ところでデービッドさんは2000年に現在の会社を立ち上げたときに東京の根津美術館の近くに拠点を構えたのですよね。それはどうしてですか?
デービッド:美しい庭がある美術館の近くだし、クリエイティブな活動ができると思ったからです。どういうわけか、アラバマの私の両親は日本の庭づくりに興味を持っていたんです。父はNASAの物理学者、母は数学者で、何がきっかけで趣味になったのかわからないけど。
――デービッドさんはご両親とは違って日本文学をハーバード大学で専攻。
デービッド:まったく逆の道ね。谷崎潤一郎の『鍵』や川端康成の『美しさと哀しみと』などを訳したハワード・ヒベット教授のもとで、坂口安吾の『桜の森の満開の下』を翻訳したりして過ごしました。日本語の「やわらかさ」が面白くて、すっかり日本に魅了されました。
――日本経済にも独特のカルチャーはありますか?
デービッド:精密で良いものを作り、それをしっかりと利益に還元できるのが、日本経済の文化でしょう。株だって一つの商品です。だから資本コストをうまく管理して、株のパフォーマンスとビヘイビアを精密にするのは、日本企業にとって得意分野なのかもしれませんよ。株主をどう「おもてなし」できるかに、未来はかかっています。
David Snoddy◎根津アジア・キャピタル・リミテッドの創設者兼マネージングパートナー。 ハーバード大学在学中の1988年、上智大学への留学で初来日。1991年、ハーバード大学を首席で卒業。東京のSGウォーバーグに株式ジュニア・アナリストとして就職。その後、ソロス・ファンド・リミテッドの東京オフィス代表などを歴任し、30年以上にわたり日本株投資に携わる。
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