しかし本来の「必要なスキルを獲得する/させる」という目的があいまいになり、学習することがゴールになっているケースが散見される。果たして、「リスキリング」が本来の意味を取り戻すためにはどうしたらよいのか。
「経済産業省リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」に採択されたプログラミングスクール「ポテパンキャンプ」を運営するポテパンの代表取締役、宮﨑大地に「リスキリング」の課題と解決策を聞いた。
「学ぶ」だけでなく「新しい職業」を得るためのリスキリングに必要なもの
リスキリングの本質は、単に新しいことを学ぶことではない。経済産業省による定義を読めば、「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」とある。すなわち重要なのは、学びの先に「新しい職業に就くために必要なスキル」が身につくかどうかだ。
キャリアチェンジの選択肢として人気を集める職種のひとつにエンジニアがある。実際に他業種からエンジニアをはじめとしたIT関連職に転職を希望する人も増えているという。コロナ禍においてその傾向が顕著になったと指摘するのはポテパンの代表取締役、宮﨑大地だ。
「サービス業に従事する方々は、『出社しなければならない』という、働き方や組織の体質的課題と直面しました。とくに女性は今後の出産や育児などを考え、リモートワークが可能な会社に魅力を感じるのだと思います。リモートワークが可能で将来性がある仕事として真っ先に思い浮かぶのがエンジニアなのでしょう」
実際にエンジニアは比較的給与条件も良いため、できるならばエンジニアにキャリアチェンジしたいと考える人は少なくないというが、誰もが簡単になれるものでもない。
「エンジニアは専門職であり、採用企業としても未経験者が歓迎されるケースはほとんどありません。しかし、その一方で圧倒的なIT人材不足という社会背景により、お困りの企業は数多く存在します。即戦力人材の採用が難しいという背景から、即戦力とはいかないまでもある程度の技量を持ち、ポテンシャルの高い人であるならば採用しようという企業が増えてきました」
ポテンシャルの高い人材を“青田買い”するために企業は、プログラミングスクールに注目するが、すべてのスクールが果たして、現場の要望を満足させることができるか疑問が残るという。
「現場をゴールに置き、戦力となる人材を育成するスクールと、生徒に対してエンタメとしての“学習したぞ!”感を楽しませるスクールがあると思っています。後者では、現場に即していない資格取得などを用意するケースが見られますが、結局、それは現場でまったく役に立たず、資格取得のための頑張りが無駄になるケースもあります」
当たり前の話ではあるが、特にエンジニア界隈では、資格よりも実力が重視される。なので「新しい職業」を得るためのリスキリングであるなら、現場で重要なことを教えてくれる教育機関で学ばなければ意味がない。
「建築に例えるとイメージしやすいのですが、例えば家の作り方を動画で見せて教えるだけというスクールはたくさんあります。しかし実際に作ったものが、例えば地震に耐えられるのかどうか、基準を満たしているのかをプロの目線で細かく教えるスクールはそれほど多くはありません」
起業のきっかけはエンジニア人材紹介会社勤務時に感じた「課題感」
宮﨑がポテパンを起業したのは2014年。当時、宮﨑はエンジニアの人材紹介会社で営業を担当し、需要の高まりを感じていながらもそもそものエンジニアの母数の不足を実感。未経験者に対してエンジニアへのキャリアチェンジを提案しようと考えたのだという。起業の背景には、当時、“ITキャリアが積める”として未経験者を大量採用し、いきなり現場に投入するSES(System Engineering Service)のビジネスモデルへの疑問もあった。
「基本的には開発現場において未経験の人は不要なので、SES企業へ入社したとしても開発経験が積める現場に入りにくい状況がありました。そのまま無駄なキャリアを積んで年だけ取ってしまい、開発ができる需要の高いエンジニアになる機会がどんどん遠のいてしまうという現状がありました。20代であれば開発現場に必要とされるエンジニアになれる確率はとても高かったのに、回り道をしてしまっている状況を目の当たりにし、心痛めていました」
そこで宮﨑は、未経験の人が学習し、エンジニアとしてのキャリアが積めるような仕組みを作ろうと考えて創業。Webエンジニアとしてキャリアが積める会社のみを厳選して提携し、学んだ先の転職先として紹介するビジネスを立ち上げた。
「経済産業省リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業者」に採択
ポテパンが運営するスクール「ポテパンキャンプ」は、一言でいえば「転職特化型のプログラミングスクール」。同社は、ポテパンキャンプをスタートする以前から、エンジニアの転職支援やフリーランスに向けた仕事紹介事業を展開してきたため、“エンジニアを採用したい”という会社を多く抱えており、提携求人数が多いため、転職に強いという特徴を有している。
「基本的に、企業は未経験エンジニア募集をオープンにしません。それは学習をしていない応募者が殺到してしまう恐れがあるからです。ポテンシャルが高く、現場に即した学習をしていて、戦力になりそうな人材を担っているのが我々のポテパンキャンプであり、受講生のおよそ92%が提携企業で内定をいただいています」(宮﨑)
現場とのギャップを埋める実践的なカリキュラムと、現場を熟知するエンジニアを講師として迎えているのも大きな特徴だという。
「弊社のカリキュラムはステップになっていて、最初の基礎的な部分に関しては社内で教育を受けたメンバーが講師となりますが、実践的な内容は、Web系の開発現場経験のあるフリーランスのエンジニアが教えます。実践的な内容を現場経験がない人が教えようとすると『講師が全然わかっていない』となってしまいます」(宮﨑)
これまでに営業職やコンサルタント、医療系、航空関連、飲食、美容師など、さまざまな職種のビジネスパーソンが受講し、見事に理想のキャリアチェンジを果たしてきた。
「受講前にカウンセリングを実施し、『決して楽な道ではない』ということをきちんとお伝えします。それでも『やりたい」と手を挙げた方にはしっかりサポートをしていきます。無駄な時間を費やし、相手を不幸にしてしまう可能性もあるので、簡単に『誰でもできます』とは言いたくありません」
卒業=エンジニアとしてデビューという支援が主になるが、さらにその後、キャリアアップを目的とした転職までもサポートする。最適な職場、報酬アップの支援まで行うという手厚さも魅力だ。
「卒業生にはより良いキャリアを積ませてあげたいという思いが根底にあるので、単純に転職先を支援するだけでなく、その後もできる限り寄り添うことを考えています」
「リスキリング」という言葉が流行る前からすでに、「リスキリング」の本質を体現してきたポテパンだが、「経済産業省リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」に採択されたことを2023年7月18日に発表している。
同事業は、構造的な賃上げの実現に向けて、企業間・産業間の労働移動の円滑化およびデジタル分野などのリスキリングに向けた投資を進め、持続的な成長と分配の好循環の達成を目指すため、個人によるキャリア相談、リスキリング、転職までを一気通貫で支援する制度。
「この事業の目的は、ずばり国民の給料を上げることで、この2年間で約700億円の予算が投入されます。制度概要をきいた当初から我々の事業がドンピシャだと感じました」
同事業への採択により、ポテパンキャンプの受講料の最大70%が補助金として支給される。
「ポテパンはそもそも、他のスクールと比べても金額が安く、コストパフォーマンスが高いということで評判でしたが、今回の補助金支給でさらに皆さんのチャンスを拡大することができると嬉しく思っています」
生活を向上させてはじめて真のリスキリングが実現
リスキリングブームに乗ったわけでなく、むしろリスキリングの本質を見抜いたうえで、働く者にとってより良い未来を描いてきた。そんな宮﨑が考える“理想のリスキリング”とはどのようなものなのか。「理想的なリスキリングは、今よりも条件の良い生活ができるようになるための学習です。これは、国にとっても個人にとっても重要なことです。それができる環境をこれからも作り続けていくというのが我々のビジョンでもあります。そのためには提携企業をもっと増やし、カリキュラムを磨き続けるという二輪を回していければと考えています」
自分のなりたい姿を追い求める、生活を向上させてはじめて真のリスキリングが実現する。
「実際に卒業生から、『ITエンジニアになってよかった』という感想が多く寄せられています。そして『今後も給料が上がりそう』と満足度の高いコメントもいただいています。我々も提携先をシビアに見て厳選しているので、きちんと成果が紐づいていると感じています」
ポテパンの社名の由来は、“ポテンシャルをパン!と弾けさせる”というもの。自分のポテンシャルを弾けさせるチャンスは今なのかもしれない。
ポテパンキャンプ
みやざき・だいち◎株式会社ポテパン代表取締役社長。IT人材系ベンチャー企業にて人材営業と採用を担当した後、自身でプログラミングを学習して2014年にポテパンを設立。フリーランスエンジニア向け求人紹介、業務委託人材一括募集プラットフォーム、転職特化型プログラミングスクール事業を展開する。