2023年6月9日、「EY World Entrepreneur Of The Year™2023(以下、WEOY 2023)」の授賞式がモナコ公国モンテカルロのサル・デ・エトワールにて行われた。
WEOY 2023に出場するためにモナコに渡ったのは、昨年12月に東京で開催された「EY Entrepreneur Of The Year™2022 JAPAN」で日本代表に選ばれた星野リゾート代表の星野佳路である。
「来年の6月には本気で世界一を獲りにいきたい」
その眼に限りない才智と情熱の炎を宿した星野は、日本代表選出後のスピーチで力強く決意を語っていた。
ジャッジにも各国のアントレプレナーにも自分らしく向き合う
WEOY 2023で世界一のアントレプレナーを選出するにあたり、各国の代表を待ち受けていたのはジャッジたちによるインタビューだ。その質疑応答の場面を星野が振り返る。「私がジャッジに訴えたのは、『ステークホルダー・ツーリズムという概念とその実践・実証は世界中に通じる』ということです。観光という産業は、先進国だけではなく新興国と呼ばれる国々においても経済的に大きな役割を担っています。各国の都市においても、地方においても、観光は現地の経済を支える産業になり得ます。世界中のどの場所においても実践することができるもの。それが『ステークホルダー・ツーリズム』だと考えています」
星野がアントレプレナーとして実践・実証してきたメソッドは、世界で通用する。世界のどこにおいても経済を上向きに変えて、そこを訪れる人・そこで働く人・そこに住む人など、あらゆる人々を笑顔にすることができる。そして、自然環境にも正当な見返りをもたらす。
「私の考えは、ジャッジにしっかり伝わったと実感することができました。質疑応答の時間のみならず、大会期間中はジャッジ全員と密にコミュニケーションをとるようにしていました」
また、大会2日目の午前には、各国の代表者が7~8名のグループに分けられ、議論を行う最終選考が行われた。各ジャッジがそれぞれのテーブルを回って議題を出していく手法がとられた。
「例えば、『地球がひとつの会社だとして、そのCEOにあなたが就いたら最初の100日で何をしますか?』といったテーマが与えられ、グループで話し合いをしていくわけです。そのテーブルではジャッジも議論に参加します。これは、なかなか白熱しました。誰よりもしゃべるジャッジもいましたしね(笑)。どちらかというと議論は得意なほうなので、自分の感触としては、うまく議論できたと思っています」
星野は、世界のアントレプレナーと繰り広げた論戦においても「自分らしさ」を貫くことに注力したという。
「テーブルに着いている参加者が同じことを言い出す場面が何度か訪れました。そこで気をつけていたのは、『安易に同じ立ち位置を取らない』ということ。私には私の価値観があります。その価値観に沿った発言をするようにしていました。そのうえで、なるべく簡潔に、誰にでも伝わりやすい表現を心がけました」
世界一を獲りにいく戦いの場は、「自分らしさとは何であるかをあらためて確認する場所」になった。
世界のアントレプレナーたちとの友情の起点
WEOY 2023の旅を終えて日本に帰国した星野の眼の色は、とても穏やかなものに感じられた。Forbes JAPANによるインタビューには、星野のサポーターとして共に旅をしてきたEY Japanのメンバーも同席。モナコに渡った全員から湧き上がっていたのは、本気で世界と戦ってきたチームジャパンの結束感だった。「とても素敵な旅になりました。日本を代表する者として、モナコには着物を携えて行きました。最終日にはブラックタイのドレスコードでパーティーと表彰式があるというので、せっかくならタキシードではなくて和の正装で日本をPRしたいと考えました。もともと星野リゾートで働いていて、いまは和装イメージコンサルタントとして活躍している上杉恵理子さんに手伝ってもらいながら、着物は今回のWEOYのために仕立てました」
2023年、世界はコロナ禍を乗り越えて、リアルな交流が再び始まっている。このタイミングで日本代表に星野が選ばれたことは、大変に意義が深いと思えてならない。
「扇子の『Visit JAPAN』は、その上杉さんが毛筆で書いてくれました。世界からモナコに集まってきたアントレプレナーの皆さんには、『日本に来てね』という想いを伝えたかったのです」
大会期間中には、世界各国から集まってきたアントレプレナー同士が交流を深める時間も設けられた。当然ながら、英語を話せる星野は各国の代表者とのネットワーキングにも大いに注力した。その場で約束したとおりに近々、欧州のあるアントレプレナーは実際に日本を訪れ、星野リゾートの施設にも泊まるという。また、逆に星野自身が相手の国のスキーリゾートを訪問する約束もしている。
世界一を獲りにいく戦いの場は、「世界の人々との新たな友情の起点」にもなった。
そして次の100年へ、ファミリービジネスは続いていく
WEOY 2023で世界一のアントレプレナーに選出されたのは、台湾の徐 秀蘭(ドリス・シュー)だった。彼女は、世界第3位の半導体ウェーハ製造企業グローバルウェーハズ社で会長を務めている。結果のみで判断すると、世界一を獲りにいった星野は敗戦したことになる。しかし、星野のモナコへの旅は、負けのなかに大きな意味があった。
「今回のモナコには、息子を誘いました。彼はいま、海外で勉強を続けています。これまで折りにふれて、彼にはさまざまな誘いをかけてきたのですが、なかなか乗ってきてくれませんでした。しかし、WEOYのモナコへの旅には同行してくれたのです。結果として私が世界一を獲ることは叶いませんでしたが、この負けが息子に与えたインパクトはとても大きかったのではないかと感じています。世界から集まった数多くの経営者と直に触れ合いながら、『自分にできることが何であるか』を本気で考えたのではないかと思っています」
そう語った星野は、自身のパソコンに保存されている写真のなかから、今回の旅におけるクライマックスのひとつとも言える私的な1枚を見せてくれた。
「『How can one person make a world of difference?』というメッセージが胸に響き、息子と一緒に写真を撮りました。『ひとりの人間が、いかにして世界に違いを生み出していけるか?』。この言葉が、WEOYの会場で掲げられていたメッセージでした」
敗戦を経験した者だけが知り得る境地がある。負けを経験しているからこそ、辿り着ける勝ちがある。
「星野リゾートは、長野県軽井沢で最初の旅館を開業してから今年で109年目を迎えています。いま、私はこれから先の100年を見据えながら、北米進出の布石を打っているところです。3〜4年後には現地で温泉旅館を開業したいと考えています。今回の旅でも再確認できたのですが、私にとってのアントレプレナーシップとは『自分の価値観を掲げて、戦う姿勢を維持し続ける』ということです。戦う姿勢がなければ、社会的にインパクトのある事業はできません。『How can one person make a world of difference?』という問いに対し、私は『戦い続ける精神を維持することが大事だ』と答えたいですね」
世界一を獲りにいく戦いの場は、「新たな100年の旅における貴重なマイルストーン」にもなったのではないだろうか。