その中核機能として準備が進められているのが、「JAM BASE(ジャムベース)」。大学の研究機関や、さまざまな規模の企業が入居し、イノベーションの集積地となることを目指している。
このJAM BASEではどんなイノベーションに期待が集まっているのか。どんなコラボレーションの可能性があるのか。JAM BASEや大阪にゆかりのある研究者や起業家のインタビューを通して、その魅力を紐解いていきたい。
人の未来の生活を変える期待の研究機関が集結
連載第1回に登場いただくのは、うめきたプロジェクトを主導してきた中心的機関である大阪大学からJAM BASEにも新たな拠点を設ける、同大学大学院生命機能研究科教授で脳情報通信融合研究センター(CiNet)センター長の北澤茂、同大学栄誉教授でJSTムーンショット型研究開発事業 *注1 プロジェクトマネージャーの石黒浩、同大学前理事・副学長でライフデザイン・イノベーション研究拠点(Society 5.0事業 *注2)拠点本部長の八木康史の3人だ。
そもそも2004年に産官学が一体となった「大阪駅北地区まちづくり基本計画」を取りまとめるにあたり、大阪大学元総長の熊谷信昭と宮原秀夫らがナレッジ・キャピタル構想を推進。グランフロント大阪の中核施設「ナレッジキャピタル」は、石黒がプロジェクトの主要メンバーとして先導してきた。そして「ライフデザイン・イノベーション」をテーマに掲げるグラングリーン大阪の中核機能の推進会議において座長を務めてきたのが、八木だ。
「うめきたは毎日200万人以上もの人々が行き来し、さまざまなライフステージの人が集う街だからこそ、パーソナルデータを活用した社会実験の場として非常に重要なエリアであると考えています。産官学が一体となって社会実験のサイクルを回せる場所に発展させたいと願い、『ライフデザイン・イノベーション』というキーワードを提案しました」(八木)
そんなグラングリーン大阪に誕生する「JAM BASE」には、北澤、石黒、八木の3教授の研究から成るプロジェクトが「大阪大学みらい創発 hive」として研究拠点を構える予定だ。
同プロジェクトでは、八木が推進する、職場/学校での活動、食事、スポーツ活動など、日常生活のさまざまな活動データを加えたパーソナル・ライフ・レコードの活用に向けた研究、そしてそうしたデータから個々のライフスタイルや生活課題を汲み取り、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現する石黒のアバター研究、さらにはそのアバター研究にも密接につながる北澤の人の心を持った人工の脳「CiNet Brain」の開発・研究を軸に、さまざまな実証実験を実施していく。
「私のアバター、北澤先生の人工脳、八木先生の人の活動のデータビリティという3つの研究は、タイトに結びついています。例えば、脳とアバターをつなぐブレイン・マシン・インターフェイスという研究では、私と北澤先生の研究が直結しています。そして、人がアバターを使ってどのように活動したのかというデータを八木先生が集めて、解析しています。このような研究は実社会に出なければ成果を上げることが難しい。そして、さらに研究が進めば、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者さんが働くことも現実になる可能性があります。実生活の中で人と交流し、課題を解決していくことで、誰の役に立つ研究なのかということがはっきりしていくだろうと期待しています」(石黒)
大学から街へと、フィールドワークの場を移していく
研究の場所が大学から一般社会に広がっているのは世界的な趨勢でもある。情報や人工知能(AI)、ロボットの研究はGAFAの資金と拠点でイノベーションを起こしているし、日本においても企業が研究開発のサポートを行う例は増えつつある。解くべき課題が研究室から実社会に広がっているのだ。
「大学にいると研究対象が20代中心になりがちです。CiNet Brainはそのような環境の中で開発してきましたが、今後はうめきたの新拠点も活用し、そこでさまざまなデータを集めることで、より人の心を持った人工の脳に近づけることができると考えています。
また、ChatGPTのような新たな技術が出現すると、人は分からないがゆえに恐れを抱いてしまいますから、CiNet Brainを突然実装するのではなく、まずは実験に参加してもらいながらその技術を知っていただき、恐れよりも関心を持ってもらいたい。そうして実験に協力いただいた来街者からのアイデアを、どんどんインプットすることができればと期待しています」(北澤)
さまざまなバックボーンをもつ人々が集うグラングリーン大阪でよりリアルな社会実験を行い、その成果をもって実装していく。八木はその意義を「社会実験とは、街に住む人や訪れる人が、未来の技術を最初に体験することによって、社会貢献することでもある」と、話す。
「ある技術を創造した場合、その技術を皆さんに使ってもらうためには、果たしてそれが本当に有効であるのか、問題がないのかを確認していく必要があります。そのためのデータを集め、実証することによって、広く使える技術が開発できるのです。
グラングリーン大阪は、我々のような研究機関やさまざまな規模の企業、住宅、ホテル、ウェルネス施設などさまざまな施設が渾然一体となって、それ自体がイノベーションのためのエコシステムになっていけるだろうと期待しています」(八木)
さらに、グラングリーン大阪が発信する「ごちゃまぜって、イノベーションだ。」というメッセージの通り、「大阪はほどよく狭くて、梅田はさまざまな業種や研究者、そしていろんな年齢、属性の方が交わりやすい場所。イノベーションを起こすための実証の場として最適」なのだと、石黒も続ける。
「東京は大きすぎて、渋谷、新宿、銀座、丸の内と、エリアによって行き交う人々の属性も異なります。実証実験は、できるだけ幅広い属性の方々を対象に行えたほうが、効率もいい。
そしてなんといっても、大阪の人たちは新しいことを面白がって、積極的に応援してくれる傾向が強いと感じます。その分、いい意味での厳しさもありますから、社会実験を行う上で張り合いがある場所でもあります」(石黒)
日本の“資源”活用を視野に入れてイノベーションの創出を
最後にグラングリーン大阪、そしてJAM BASEへの期待を聞いた。
「私たちは、人が感動する、言葉を理解するということがどういうことかを、皆さんが腑に落ちる形で提供したいと思っています。そしてそれを実装したCiNet Brainをぜひご覧いただきたい。人の心を揺り動かすような、“おもろい研究”の発信の場として、JAM BASEも盛り上げていきたいと考えています」(北澤)
2025年に迫る大阪・関西万博でシグネチャーパビリオンのプロデューサーも務める石黒は、うめきたでの実証実験、そして万博での反応をもとに、期待されるアバター技術の研究開発を加速させていきたいと意気込む。
「限られた期間で開催される万博とは異なり、うめきたでは長期スパンでの社会実験を行うことができます。入居される企業にもアバターの技術を使ってさまざまな実装の可能性を探っていただくことで、多くの人たちが一緒に活動できる未来をつくっていきたいと思います」(石黒)
そして、2期区域を先導する八木は、技術イノベーション、ライフデザイン・イノベーションを起こしていった先に、日本の競争力・価値をより高めていけるだろうと話す。
「日本は資源のない国と言われますが、まだまだ1億人を超える人口があります。1億人のパーソナルデータを価値あるものにして活用・提供していくことができれば、日本は資源国家になりますし、経済的・技術的に世界を一挙にリードできるチャンスがあると信じています」(八木)
話題の大阪・関西万博を前にして、1年後には開業を迎えるJAM BASE。ここからどんな“おもろい”イノベーションが飛び出し、世界を変えていくのだろうか。
JAM BASE
https://jam-base.com/jp/
八木 康史(やぎ・やすし)◎視覚情報処理学者/大阪大学産業科学研究所・教授。1959年、京都生まれ。1985年大阪大学大学院基礎工学研究科修士課程修了。1991年工学博士。三菱電機(株)応用機器研究所/産業システム研究所、大阪大学基礎工学部を経て、2003年大阪大学産業科学研究所教授、2012年同研究所長、2015年から2019年まで大阪大学理事・副学長(研究、産学共創、図書館担当)。2014年、科学技術分野の文部科学大臣表彰、2018年から、ライフデザイン・イノベーション研究拠点本部長として文部科学省Soceity 5.0実現化研究拠点事業を推進。データ取引所MYPLRを運用する(一社)データビリティコンソーシアム代表理事。
北澤 茂 (きたざわ・しげる)◎神経生理学者/大阪大学大学院生命機能研究科・教授。1962年、神奈川県生まれ。1987年東京大学医学部医学科卒業、1991年同大大学院医学研究科博士課程修了、医学博士。産業技術総合研究所、順天堂大学を経て2011年より現職。2022年より大阪大学・情報通信研究機構脳情報通信融合研究センター・センター長を兼任。運動制御や時間と空間の認知の神経メカニズムに関する研究などに従事。成果の一部は神経科学の代表的な教科書であるPrinciples of neural scienceにも掲載されている。1999年塚原賞、2018年中山賞大賞受賞。著書に「医師・医学生のための人工知能入門」中外医学社など。
石黒 浩(いしぐろ・ひろし)◎ロボット工学者/大阪大学大学院基礎工学研究科・教授。1963年、滋賀県生まれ。1991年大阪大学大学院基礎工学研究科博士課程修了。大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻(栄誉教授)、ATR石黒浩特別研究所客員所長(ATRフェロー)。遠隔操作ロボットや知能ロボットの研究開発に従事。人間酷似型ロボット(アンドロイド)研究の第一人者。2011年、大阪文化賞受賞。2015年、文部科学大臣表彰受賞およびシェイク・ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム知識賞受賞。2020年、立石賞受賞。2025年の大阪・関西万博では、シグネチャーパビリオンのプロデューサーも務める。著書多数。
*注1 本ラボは、JST【ムーンショット型研究開発事業】【JPMJMS2011】の支援を受けたものです。
*注2 本ラボは、文部科学省【Society 5.0実現化研究拠点支援事業(グラント番号:JPMXP0518071489)】の支援を受けたものです。